フリーのシナリオライターとして活動しています
「はあ…」
 最近、ため息が多くなった。
 小学4年生の女の子がため息ばかりというのは、さすがにダメだろうと自分でも思う。
 けれど悩みもまた、恋愛絡みというのは子供らしくないだろうな。
 …そう、恋愛。
 わたしはまだ10歳だけど、好きな人がいた。
 それはよりにもよって、先生。
 小学1年生の時、クラスの担任をしていた先生を好きになってしまったのだ。
 けれど2年に上がって、担任が変わってしまった。
 それがたまらなく寂しくて、わたしはつい…先生に告白してしまったのだ。
「先生! わたし、先生のこと好きなんです! だから付き合ってください!」
 その時のわたしの顔は、きっとリンゴよりも真っ赤だったろう。
 授業が終わった放課後、先生が手入れをしている学校の温室で、2人っきりのチャンスを使ったのだ。
 先生は息を切らしているわたしを見て、微笑んだ後、頭を優しく撫でてくれた。
「お前が結婚できる歳になるまで、オレのことを好きでいてくれるのなら、な」
「ほっ本当ですか? 絶対ですよ? 待っててください!」
「ああ」
 …と、当時のわたしは喜んだ。
 けれど今になり、思う。
 『結婚できる歳』と言っても多分、先生からしてみればわたしが高校を卒業した後のことを言っていたんだろう。
 つまり10年以上先生を好きでいれば、『付き合うのを考える』という意味だったのではないのか―と。
 …結果的には、わたしが高校を卒業するまでは告白の返事はお預けということで…。
 わたしは未だに片思い。
 別にそれは良い。
 10年でも20年以上でも、わたしは先生のことを好きでい続ける自信があるから。
 でも問題は先生の方。
 先生はわたしが小学1年の時、すでに24歳だった。
 3年の月日が経って、27歳。
 …俗に言う、結婚適齢期ではないだろうか?
 先生には今、恋人はいないみたいだ。
 でも…好きな女性はいるかもしれない。
 告白後、わたしは先生と少しでも一緒にいる時間を増やしたくて、先生が顧問をしている園芸部に入った。
 ウチの小学校は部活があって良かった。
 委員会だと他のコとの争いになるかもしれなかったから。
 先生はとっても落ち着いていて、穏やかな人。
 だから他の女子生徒や女性教師からも人気が高かった。
 もちろん、男子にだって人気がある。
「はぁあ~…」
 後8年、わたしは待てる。
 けれど先生の中では、とっくに過去の思い出になっているかもしれない。
 そうしていつか、近い歳の女性と結婚するのかもしれない。
「イヤなんだけどなぁ…」
 先生のことは、今でも好き。
 同じ部に入っているおかげで、温室で二人っきりで作業をすることもあった。
 でもそれはきっと、他の部員達もしているだろう。
 別にわたしが特別扱いを受けているワケじゃない。
 その事実がわたしを打ちのめす。
「どうしよう? もう一回告白しようかな?」
 でも前の告白を忘れられていたら、ダブルパンチの可能性がっ…!
「ふう…」
 眼の前にあるのは、先生が丹精込めて育てた花壇。
 今日はここで作業をするから、待っているようにと先生に言われた。
 わたしだけしかこの温室にいないから、それは嬉しいんだけど…。
「アンタ達は良いわね」
 キレイに咲き誇るパンジーや三色スミレの花は、先生が大事に育ててきた。
 先生がずっと見つめて、優しく触れてきた花々。
 わたしはそっとパンジーの花に触れた。
 春らしい可愛い花、わたしの大好きな花。
 なのにこんな花達にまで嫉妬するなんて…。
「マジでガキ」
 苦々しく呟いてしまう。
 本当に自分が子供でイヤんなる。
 先生と17歳も歳が離れているのがいけないんだ。
 せめてあと10歳…いや7歳ぐらい、わたしの歳が先生に近かったら良かったのに。
「こら。花に向かってなんて言葉をかけているんだ、お前は」
「わっ、先生!?」
 いつの間にか、先生が温室の扉を開けて中に入って来た。
「何かおもしろくないことでもあったのか?」
 ジョウロに水を入れながら聞いてくる先生が、ちょっと憎らしい。
「うん、まあ…恋愛のことでちょっと」
 立ち上がり、先生の顔色を見ながら言ってみる。
「そっか」
 …だけ? ノーリアクションも良いところ。
「はー…」
 何かいい加減、疲れてきたかも。
「それで先生、今日は何をすれば良いんですか?」
「ああ、その花壇に雑草が生えていたら抜いてくれ」
「はぁい」
 わたしは再び花壇に視線を向ける。
 咲いている花の影に、ちょこちょこと雑草が生えているのが見える。
 それを指で摘み、ちょいちょい抜いていく。
 でも先生が手入れを良くしているおかげで、すぐに終了。
「先生、終わりました~」
「ああ、ありがとな」
 先生が水を入れたジョウロを持って来たので、わたしは場を譲る。
 手が汚れたので、洗うことにした。
「ここの花、キレイに咲いただろう?」
「ええ、そうですね。春らしいです」
「お前、パンジーとスミレ、好きだしな」
「えっ? 知ってたんですか?」
「前に言ってきただろう?」
 ああ、そう言えば…。
 春に咲く花で何が一番好きか聞かれて、わたしはパンジーとスミレと答えた。
 その時も、今みたいに先生と二人っきりだったんだけど…。
 わたしは水道で洗った手をハンカチで拭きながら、先生の背中を見つめた。
「じゃあ先生は、わたしの為に花を咲かせてくれたんですか?」
 ビクッと、後ろから見ても分かるぐらいに先生の背中が動いた。
 …ウソ? あっ、いや。本当だったの?
 カーッと顔が赤くなるのを感じる。
 けれど先生の顔も、赤く染まっているのが見える。
 わたしはゆっくりと先生の背中に近付いた。
 そしてそっとその背中を後ろから抱き締める。
「…先生、覚えててくれたんですか? わたしの告白」
「わっ忘れるワケないだろう」
 動揺している先生は、とても17歳も年上とは思えないほど可愛かった。
「じゃあ…本当に結婚してくれますか?」
 ジョウロを持つ先生の手が、ピタッと止まった。
「待ちくたびれてしまったのならば、すぐに言ってくださいね? わたし、先生に嫌われたくないから…」
 うっとおしがられるぐらいだったら、好きだなんて言わない。
 嫌われるんだったら、自ら離れる方がずっと楽だから…。
「わたし、本当に先生のことが好きなんです。だから好きなままで良いのなら…その証拠をください」
「お前なあ…」
 振り向いた先生の顔はとても近い。
 けれどお互い離れようとしなかった。
 先生の体が、わたしに近付く。
 そして…眼を閉じて待った。
 やがてそっと、唇に感じた先生からのキス。
 眼を開けると、先生は顔を真っ赤にしていた。
「…本当はせめて、お前が中学を卒業するまではやめておこうと思っていたのに」
「それじゃあわたしの方が待ちきれませんよ」
 ぎゅっと先生の頭を抱き締める。
 高鳴っているわたしの心臓の鼓動を聞かせたくて、抱え込むようにした。
「…とりあえず、しばらくはお前とオレの関係は先生と教え子のままだ」
「はい、分かっています」
「だから何もしてやれない。オレにはせいぜい、お前の好きな花を咲かせてやることぐらいしかできない」
「それだけで充分です。それに…」
 わたしは腕の中の先生に、にっこり微笑んで見せた。
「好きでい続けて証拠はちゃんと受け取りましたから」
 そう言って自分の唇を指さした。
「…バカ。もうしないからな」
「はい。中学を卒業するまで、ガマンします」
 可愛い人、わたしよりも純情かもしれない。
「そう言えば、パンジーと三色スミレの花言葉、知っているか?」
「えっと…」
「『純愛』って言うんだよ」
「それって…先生からのわたしへの気持ちだと受け取って良いんですか?」
「…じゃなきゃ、こんなに大切に育てたりしない」
 少しムスッとした先生は、ちょっと子供っぽい。
「ふふっ。嬉しいです」
「でも本当にオレで良いのか? その、今はこうだが、10年もしたらオレは37だぞ?」
「何歳の先生でも、好きな自信あります。大丈夫です。だから先生」
「ん?」
「あと5年、待ってますからね」
 耳元で囁くと、先生の顔はよりいっそう赤くなった。
「おまっ…小学生が何を言うんだ!」
「先生こそ、今の格好は何ですか?」
「うっ…」
 先生は未だわたしの腕の中にいる。
 もう反撃する気力はないらしく、わたしに頭を預けてくれる。
 先生の頭を優しく撫でながら、わたしは思い出した。
 パンジーと三色すみれのもう一つの花言葉を。

『わたしのことを、想って』


<終わり>

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【2011/11/22 12:05】 | <Kiss>シリーズ
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