眠り王子とのキス

2011.10.31(03:02)

「こんにちは」
 明るい声と共に、あたしは病室に入った。
「元気してた?」
 けれど返事は返ってこない。
 部屋にいるのは一人の青年。
 あたしの彼。
 でも…もう三年間、ちゃんと話していない。
「まっ、しょーがないんだけどね」
 三年前、当時はお互いに高校三年生だった。
 同じクラスになって気が合って、彼の方から付き合いたいって言われた。
 元々気になっていたから、すぐにOKしたっけ。
 でも…あたしは変わってしまった。
 イヤな方向に。
 明るくて社交的な彼は、とても好かれる存在。
 だからたくさんの友達がいて、好意を持つ女の子も少なくなかった。
 だから…嫉妬深くなった。
 彼を必要以上に束縛したり、しつこいくらいに電話やメールをしていた。
 周りからいくら言われても、止まれなかった。
 今思えば、よく警察に言われなかったなぁなどと思ってしまう。
 そんなあたしを、彼がフッっても何にも言えなかっただろうな。
 彼が事故に合ったのは、あたしの誕生日だった。
 その頃、彼から話がしたいと何度も言われていた。
 何となく、別れの予感がしていたあたしは、今度は逆に距離を取ってしまった。
 だから何かしら理由をつけては、話から逃げていた。
 でもあたしの誕生日、彼は近くの公園で待っていると言ってきた。
 来てくれるまで待っているって。
 あたしは行きたくなかった。
 でも…それまでの自分を振り返って、お互いに別れた方が良いんじゃないかって、思えた。
 待ち合わせの時間から、4時間が過ぎていたけれど、もしかしたら本当に待っているかもしれない。
 そう思って、あたしは家を出た。
 そして公園に行く途中で、騒ぎに気付いた。
 近くにいた人に聞くと、暴走してきた車が公園に突っ込み、一人の男の子が轢かれたと言う。
 ものすごくイヤな予感がして、あたしは人ごみを押しのけて救急車の前に来た。
 そこには…傷だらけの彼がいた。
 頭の中が真っ白になって…しばらくは何にもする気力がわかなかった。
 でも何とか高校を卒業して、大学に進んで…。
 そして決心した。
 きっと彼は起きたら別れを切り出す。
 だから今度こそ、大人しく受け入れようって。
 そう決めたあたしは、彼の看病の手伝いをすることにした。
 はんぱなままはイヤだから…最後にきちっと終わらせるように。
 いつ起きるか分からない彼を待ち続けるあたしに、周囲は感心した。
 けれどそんなキレイなものじゃない。
 ちゃんと終わらせる為に、決心が揺るがない為にしていることだから。
 何年かかってもいい。
 彼の口から切り出せるまでは、しっかり彼女の役目を果たそうと決めた。
 なのに…。
「まさか三年も待たせられるとはね」
 枕元に置かれた汚れた紙袋を指でつついた。
 当時、彼が事故にあっても離さなかった紙袋。
 有名なアクセサリーメーカーの袋の中には、メッセージカードがあった。
 あたしへの誕生日の祝いの言葉。
 プレゼントだ。
「でも嬉しいのか悲しいのか、分からないわね」
 最後になるプレゼントなんて…。
 いや、でも決めたんだ。
 彼の為にも、あたし自身の為にも。
 あたしは彼の顔を覗き込んだ。
 もうすっかり大人の顔付き。良い男だ。
「早く起きないと、前へ進めないじゃない」
 …そう言えば、眠り姫なんて物語があったっけ。
 でもこれじゃ眠り王子だ。
「早く起きなさいよ」
 そしてあたしを早くフッて。
 思いを込めて、あたしは彼にキスをした。
 ―懐かしい感触。
 涙が出そう。
「大好きよ…」
 そのまま彼の首元に顔を埋める。
 彼の匂いもまた懐かしくて、胸が締め付けられる。
 愛しているから、別れる。
 大人になったもんだ、あたしも。
 そんなあたしの頭に、触れるあたたかな手。
「…えっ?」
 ゆっくり顔を上げると、苦笑している彼の顔。
「ゴメン…。もしかして、待った?」
「っ!」
 涙がボロボロと零れ落ちた。
「なっ何で今頃っ…! もう三年経ったわよ!」
「三年…。どうりで、キレイになったワケだ」
 彼も泣きそうな顔で、あたしの頭を撫で続ける。
 あたしは感情を堪えた。
 このままじゃ、三年前と同じになってしまう。
「…で? 三年前のあたしの誕生日に言いたかったことって?」
「ああ…」
 彼は周囲を見回し、紙袋で視線を止めた。
「アレ、取ってくれる?」
 あたしは黙って紙袋を取って渡した。
 彼は袋の中に手を入れ、小さな箱を取り出した。
「無事だと良いんだけど」
 そう言って箱を開け、中身を取り出した。
 指輪のケースみたいだ。
 彼に悪くて、中身は見ていなかった。
「サイズ、変わっていないといいけど」
 あたしの左手を取り、薬指に指輪をはめた。
 誕生石の指輪…。キレイ。
「オレと結婚してくれないか?」
「………はい?」
 ぴったりはまった指輪を見ていたあたしは、思わず裏返った声を出してしまった。
「ずっと不安にさせたままなのはイヤだから…。結婚して、側にいれば平気かなって」
 真っ赤になった彼から出たのは、予想とは全く違った言葉。
「…別れの言葉じゃなかったの?」
「プロポーズの言葉だよっ! …でも当時、さけられはじめたから、ちょっと不安だったんだけど…」
 そりゃ、別れがイヤだったから…。
「で、どう?」
「あっああ…」
 返事、今しなきゃダメか。
「…あたし、嫉妬深いわよ?」
「知ってる。でもイヤじゃない」
「束縛するよ?」
「良いよ。キミなら」
「しぶといし、しつこいし…。良いとこなんて、ないじゃない」
「あるよ。ずっとオレを好きでいてくれた。それだけで十分だよ。オレのこと、こんなに愛してくれる人なんて、他に誰もいない」
「確かに」
 思わず納得してしまう。
「そこまでカクゴが出来ているんなら…結婚しましょう」
「うん、もちろん」
 そしてまたキスをする。
 二人のはじまりのキスを―。



<終わり>
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