タラシとのキス

2011.10.23(16:47)

「アタシ、アンタのこと、大っキライよ」
 アタシはいつも笑顔を浮かべ、彼女に真逆の気持ちを言う。
 けれど言われた彼女は笑みを浮かべ、
「ありがとう。嬉しいよ」
 と言ってくれる。
 彼女は通っている女子校で有名な人。
 どういう風に有名かと言うと、とても美人で頭が良く、また家柄も良い。
 …とここまではまあ良いだろう。
 問題はその次、くしくも4という不吉な数字に当てはまる言葉。

『女ったらし』。

 ……そう。ウチの高校は女子校なのに、彼女は女ったらしで有名だった。
 いっつも周囲にはファンの女の子達がいて、彼女はそれを笑顔で対応する。
 なのでウチの高校では、彼女のファンか、あるいは嫌っているコのどちらかとなっている。
 何せ彼女はいろんな意味で、目立つしなぁ。
 同級生にはおさまらず、上級生や下級生、あるいは女教師にまで関係を持ったとのウワサ。
 なので賛否両論に別れても、これは仕方がないというもの。
 そして非常に残念なことに…アタシまで彼女のトリコとなっていた。
 これでも最初はただの女友達だった。
 入学して教室に入って、たまたま席が隣同士だったので、一番最初に仲良くなった。
 …彼女が女ったらしとしての姿を現すまで、そう時間はかからなかったな。
 だけど不思議と嫌悪感は無かった。
 それどころか、ウワサになった女の子達を羨ましくも思ってしまった。
 けれど…彼女は一度付き合った女の子達とは、長く続かない。
 飽きたらすぐに捨ててしまうからだ。
 それでも彼女は、毎日絶えず愛の告白をされる。
 弄ばれて、最後は捨てられると分かっていても、抑えきれない気持ちがあるんだろう。
 そういうコ達を羨ましくも思う。
 だってアタシは勇気がない。
 一時、良い夢を彼女は見せてくれるだろう。
 けれど突然終わりを告げられたら、きっと壊れてしまう。
 そしたらもう、友達にも戻れない。
 そう思ったアタシは、毎日おかしなことを言い始めた。
 彼女のことが好きで好きでたまならないのに、『大キライ』と言ってしまうこと。
 それこそ『好き』って言いたい時ほど、『大キライ』と言ってしまう。
 しかも満面の笑顔で。
 でも彼女は何も言わない。
 突然おかしな行動をしてきたアタシに、何の疑問も抱かないみたいに、受け入れている。
 普通、キライって言われて、喜ぶ人なんていないんだけどなぁ。
 それでもアタシ達はいつも一緒にいる。
 …何なんだろう、この関係は。
 彼女はアタシの奇行を受け入れ、それでも一緒にいてくれる。
 アタシも…どんなに苦しくても離れようとしない。
「…ねぇ、キライって言われて、本当に嬉しい?」
 だから思いきって聞いてみる。
「そうだね。好きって言われるよりは、刺激的かな?」
 …余裕の笑みで、返されてしまいました。
 分かっていたけど、精神的にも彼女の方が上だ。
「でもアンタなら、好きも嫌いも同じ回数、言われていると思うんだけど…」
「まあね。でもキミにキライって言われるのは、そうイヤじゃないんだ」
「…何でよ?」
 アタシだったら、彼女にキライって言われたら落ち込むほどショックを受けるのに。
「さて…。マゾなのかな? キミに対しては」
 それは冗談なのか、本気なのか。
 お綺麗な顔で言われると、本気っぽく聞こえてしまうから厄介だ。
「…やっぱり大っキライ。そうやって誤魔化してばかり」
「いいや? 珍しく本音だよ。キミには好きだと言われるよりも、キライと言われる方が良いんだ」
「だから何で?」
「うん。つまり、こういうことかな」
 突然、彼女の顔がどアップになったと思ったら……キス、された。
 触れるだけで、すぐ離れるような一瞬のキスを。
「……え?」
 思わず自分の唇に触れる。
 けれど段々お腹のそこからフツフツと怒りがわいてきた!

 バシンッ!

 怒りに突き動かされたまま、アタシは彼女の頬を平手で叩いていた。
「ふざけないでって言ったでしょう?」
 思わず涙まで出てきてしまう。
 なのに彼女は笑うだけ。
「うん、やっぱりこっちの方が良い」
「はあっ!?」
「愛だの恋だのぬるい感情よりも、強く感じる負の言葉や態度の方が良いと言っているんだよ」
「アンタって…本当にマゾなの?」
「キミだけに、ね」
 肩を竦め、彼女は微笑む。
 …片方の頬が、痛々しく腫れてきた。
 ジンジンと痛むのは、アタシの手も同じ。
 アタシは彼女を叩いた方の手で、今度は優しく赤くなった頬に触れた。
「…アンタのことはキライだけど、顔は好きよ」
「それはどうも」
 彼女はまるで猫がすり寄るように、手に頬を付けてくる。
「アンタは…いろんなコと付き合っているけど、本気で好きになったことはあるの?」
「さぁね、忘れてしまったよ。ああ、でも今は自分を嫌っているコが身近にいてくれるから、何だか安心するんだ」
「何で安心なんかするのよ?」
「好きもキライも一瞬のウチに終わってしまったら、つまらないだろう? その点キミは、しぶとそうだし」
「終わらせているのはアンタの方じゃない!」
「ん~。でも近くにいれば、相手の気持ちも何となく分かるじゃない? わたしは終止符を打っているだけに過ぎないよ」
 それはつまり…彼女に近付いてきているコたちは、あまり本気ではないってこと?
「でも…本気で好きになってくれたコだって、いたんじゃないの?」
「まあね。でも長くは決して続かないだろうよ。彼女たちはわたしを通して、良い夢を見ているに過ぎないんだから」
 それは何となく、理解できる。
「じゃあアンタは自分を犠牲にして、女の子達の夢を叶えているってワケ?」
「そこまで善人じゃないよ。わたしはわたしで、楽しんでいるからね」
 …悪魔め。
 イヤらしい笑みを浮かべやがって。
「だから良いところで終わらせる。お互い、一番良い方法だろう?」
「なら何でアタシには嫌われていたいのよ?」
「愛情よりも、負の感情の方が強いって言っただろう? それに長続きもする。できれば一生、キミには嫌われていたいと思うよ」
 彼女は……怖がっているんだ。
 アタシの秘めたる気持ちを知っていて、それを受け入れたら、いつか終わりを迎えてしまうと思っている。
 それを怖がってて、なら逆の言葉を言われた方がいいだなんて…。
 アタシ達は気付かなかったけれど、本当は似た者同士だったのかもしれない。
 深くため息をつき、アタシは真っ直ぐに彼女のを見上げた。
「強くなりましょう」
「えっ?」
「アタシもアンタも、本当の気持ちのままに生きられるように、強くなるの」
 このままじゃいけない。
 逃げてばかりでは、何も解決しない。
「少しずつ…ちょっとずつでも良い。強くなって、真っ直ぐに生きてみましょうよ」
「でも…」
 彼女の目が、不安そうに揺れる。
 彼女の生き方は決して褒められるものじゃないけど、周囲が押し付けてきたというのもある。
 だから今度は、アタシが彼女を引っ張らなければならない。
「アンタだけじゃない。アタシも一緒に頑張るから」
「キミもかい?」
「ええ。…アタシも弱いから。逃げてばかりいるのにも、ちょっと飽きてきたわ」
 苦笑を浮かべると、彼女は弱々しく笑う。
「…そうだね。じゃあ強くなったら、キミは何してくれる?」
「ご褒美を要求するの?」
「そりゃあそうだろう。引っ張り込んだのはキミの方だし」
「そうねぇ…」
 アタシは腕を組んで考えた後、思い付いて顔を上げた。
「―分かったわ。アンタが強くなって、アタシも強くなったら、ご褒美をあげる」
「二人一緒にか。それなら頑張れそうだな。で、ご褒美の内容は?」
 イタズラっぽく笑う彼女。
 アタシは顔を真っ赤に染めながら、言う。
「今度はアタシから…キスしてあげる」
「アハハ、それは嬉しいねぇ。じゃあその時、わたしへの本当の気持ちも一緒に伝えてくれるかい?」
 やっぱりコイツ、知っていたな!
「分かったわよっ! その代わり、本気で頑張りなさいっ!」



<終わり>
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