アイドルとのキス

2011.10.10(00:14)

 俺の通う学校には、アイドルが一人、いる。
 芸能界デビューしていて、かなりの人気を誇っている。
 彼は中性的な容姿と、天然な性格で人気急上昇中だった。
 俺は彼とは逆にハデではないもの、真面目に学校生活を送っていた。
 一年の頃から生徒会入りをしており、二年の今では会長になったぐらいだ。
 成績だって、勉強も運動もトップの中にいた。
 彼と同じクラスにこそなったことはないが、同級生として知名度と顔ぐらいは知っていた。
 向こうだって、俺のことはそんな程度しか知らない―はず、だった。
「あの…気持ち悪がらずに聞いてほしいんだけど…」
 誰もいない放課後の屋上、何故か彼に呼び出された。
「実はその…僕、キミのことが好きなんだ」
「………あぁ」
 俺は絞り出すような低い声しか出なかった。
「だから、ね。…付き合って、ほしいんだけど…どうかな?」
 気持ち悪いとかそう言う前に、聞かなくてはならないことがある。
「何で俺なんだ? 俺は別に面白い人間じゃないぞ?」
 自分でも分かるほど、ツマラナイ人間だ。
 勉強や運動も、出来たら良いという周囲の言葉から頑張っただけ。
 生徒会入りも、親戚から入っておいた方が後の進路に良いと言われたからだ。
 そもそも会長職なんて、ほとんど大きな雑用係と言ってもおかしくない。
 ウチの高校は生徒任せにしている部分が大きい為、その分、生徒会の仕事は半端無い。
 本当に忙しい時は、生徒会室に役員達は寝泊まりする程だ。
 それを淡々とこなせるのも、他にやることがないから。
 特に取り柄と言えるものもない。
 友達はいるが、親友や恋人も存在しない。
 だから生徒会に打ち込める。
 …そんな俺を、好きになる人間の気持ちが分からない。
「あっ、それはね。何でも一生懸命だから」
 しかし彼の口から出た言葉は、理解ができない。
「どこが?」
「運動も勉強も、生徒会の仕事も一生懸命にこなすでしょう? 普通の人なら音を上げて、止めていることだって、キミは頑張る。そういう姿を見てその…好きになったんだ」
「別にやりたくてやってたワケじゃない。他にすることがなかっただけの話しだ」
「それでもそういう姿、すごくカッコイイなって思ったんだ」
 そう語る彼の眼は、とても輝いて見える。
 尊敬する眼差しを向けられても…。
「…あっ、でもそういう感情は尊敬とか憧れなんじゃないかな?」
「えっと…僕も最初はそう思った。けど…その、キミとはもっと仲良くなりたいって思ったんだ」
「じゃあ友情。友達でも良いんじゃないか?」
「…それも考えた。でもキミが他の人を愛する姿、想像しただけで…イヤなんだ」
 彼は苦しそうに自分の胸元を押さえ、悲しそうな顔をする。
 キレイな顔でそういう表情をされると、俺まで胸が痛くなる。
「だから気持ちを伝えようって思ったんだ。やっぱり…ダメ?」
 潤んだ上目遣いで、見ないでほしい。
 自分の中で、何かがグラッ…と揺らいでしまう。
「だっだがお前なら、他にも良い人間がいるだろう? 何も俺なんかを選ばなくても…」
「僕はキミが良いんだ!」
 …いくら誰もいないと言っても、放課後の学校。
 あまり大声を出さないでほしい…。
「…だが仮に付き合うことになっても、お互い多忙で滅多に会えないだろう?」
 俺は生徒会の仕事が、彼はアイドルとしての仕事が忙しすぎる。
 普通の一般生徒ならまだしも、すれ違いもいいところだ。
「でっでも滅多に会えないことはないだろう?」
「クラスも違うのに…」
 今こうやって会えること自体、奇跡としか言い様がない。
「……やっぱり、イヤなんだ」
「イヤというより、俺を好きだということが信じられない。俺は自分を好きじゃないからな」
「そう、なの?」
「ああ」
 俺は眼を伏せる。
 彼は大きな眼を、更に見開いていた。
「俺はあまり自分の考えを持っていないんだ。だから周囲の意見に流されやすい。分かっているのに、現状維持をしているからタチも悪い」
 何せやっていることは良いことであって、悪いことではない。
 それが余計に、俺をつまらなくさせている。
「お前のように、自ら選んで進んでいるワケじゃない。付き合っても、お前が損するだけだ」
「そんなのっ…付き合ってみないと分からないじゃないか!」
「分かるから先に言っている。後悔するお前を見たくないし、傷ついてもほしくない」
 いつも見ている笑顔でいてほしい。
 俺のささやかな願いだ。
「僕は別に…甘い恋愛がしたいワケじゃないよ」
 震える声で、真っ直ぐに俺に話しかけてくる彼から、目が離せない。
「好きな人に、好きになってほしいだけ。それだけで苦しいのも辛いのも、受け入れられる!」
 …そういうものなのだろうか?
 誰かを愛したことのない俺には、分からない感情だ。
「分からないって、顔してるね。じゃあ教えてあげる!」
 そう言って顔を真っ赤にしながら、彼は近付いてくる。
「おっおい…」
 後ろに下がるも、すぐに腕を掴まれてしまう。
 そして背伸びした彼に、キスされた。
「っ!?」
 震える唇でキスされて、体が硬直する。
「…コレで分かった?」
「なっ何を、だ?」
 俺の声まで震えた。
「僕は今、キミにキスをした。もしかしたら殴られる可能性があったのに」
 アイドルの顔を殴れるわけないだろうに…。
 いくら俺が常識からズレていても、そのぐらいは分かっている。
「傷付く可能性があっても、僕は逃げない。そのぐらいの強さは持っているんだ」
 別に弱いとは思っていないが…俺の言い方にも問題はあったか。
「…分かった。じゃあ俺と付き合うのがどんなに大変か、経験させてやる」
「言ったね! 僕がどんなに強いか、教えてあげるよ」
 俺達は至近距離で、笑い合った。
 …ああ、笑うのなんていつぶりだろう?
 アイドル、しかも男と付き合うなんて大変そうだ。
 でも彼の強さと可愛らしさ、そして意外な男らしさに魅入ってしまった俺の負けだ。



<終わり>
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