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ヒキコモリとのキス

 自分で思っていた。
 冷めた性格をしているって。
 でもそれを表に出したら、生き辛いのは分かっていた。
 だから人当たりのよさそうな顔をして、そこそこの成績を出して…周囲を騙していた。
 そんなふうに生きて、楽しいと思ったことはない。
 だけどオレにとっては必要なことだから。
 何か…夢中になれることがあれば良かった。
 でも勉強も運動も人付き合いもソツ無くこなせる。
 趣味や何かに情熱を持つことは無かった。
 生まれて14年で、オレの心は凍っていた。
 ―そう、彼に出会うまでは。
 キッカケは母親だった。
 近所に親戚が引っ越してきたのだが、そこの1人息子が引きこもりらしい。
 だから歳と家が近いオレに、彼と仲良くしてほしいと、母親が彼の両親から頼まれたらしい。
 何でも彼の両親は資産家で、会いに言って話をするだけで、おこづかいをくれるそうだ。
 その金額を聞いて、オレはすぐにOKした。
 今まで家族兼用でパソコンを使っていたが、自分1人用のノートパソコンが欲しかった時だったから。
 次の学校が休みの日に、早速行くことにした。
 彼の家は歩いて十分の所にあった。
 家を見て、驚いた。
 大きな和風の屋敷。
 さすがはお金持ち。
 彼と仲良くすれば、その金額も上がるかもしれない。
 ―その時まで、オレはそう考えていた。
 その家では彼の両親がわざわざ待っていてくれた。
 美味しい和菓子とお茶を飲みながら、彼のことを説明された。
 彼はオレより2つ年上で、本来なら高校一年生。
 一応高校は入ったらしいけど、中学の時からヒキコモリで全く通っていない。
 それどころか部屋からも滅多にでなくて、彼のご両親はとても心配していた。
 彼はとても神経質らしく、思春期に入るとそれが爆発した。
 全てのものを怖がるようになり、全てのものを拒絶するようになった。
 でも唯一救いなのは、自分自身を拒絶しないこと。
 しかしこのままでは時間の問題だと主治医から言われ、オレに助けを求めに来たのだと、言った。
 オレは笑顔で頷き、大丈夫だと言った。
 コレでも話術には少し自信があったから。
 でも…。
 彼の部屋のふすまを開けて、彼を見た途端―心臓が高鳴った。
 今まで感じたことがないほど、強く。
 部屋の隅で足を組み、おびえた顔でオレを見た彼を、一目で好きになってしまった。
 そう…恋に落ちてしまった。
 引きこもり特有の青白い肌に、華奢な手足。
 でもキレイな顔と眼をしていた。
 少し伸びた黒い髪も、絹糸のように美しかった。
 心臓がわしづかみにされる感覚。
 呼吸が乱れて、顔に血が上った。
 少しよろけながらも、彼の前へ行き、オレは精一杯笑顔を浮かべた。
「…はじめまして」
「……はじめ、まし、て…」
 美しくも低い声に、オレは目眩を覚えた。
 その後、オレは休日だけではなく、学校が終わるとすぐに彼の元へ行った。
 彼はいつも白い浴衣を着て、毛布をかぶっていた。
 部屋はカーテンが引かれていて、電気も付けずに、薄暗かった。
 でもそれで良かった。
 彼の部屋で、彼の存在しか感じられないあの空間が、ひどく心地良く感じたから。
 彼はあまり話さなかった。
 最初はそれこそ、オレが1人でしゃべってばかりいた。
 でも通っているうちに、単語程度なら返事もしてくれる。
 そして表情も少しずつ、見せてくれるようになった。
 オレはそれが純粋に嬉しかった。
 彼がオレに心を開いてくれることが、彼を1人占めできることが、ただただ嬉しかった。
 やがて彼は、外へ興味を持ち出した。
 オレは少し不安になった。
 でも彼の気持ちを否定したくない。
 彼の希望で、陽が暮れてから、家の近くを散歩するようになった。
 最初は散歩だけだったけど、公園で座り、話をするようになった。
 でも…不安はどんどんふくらんだ。
 それが的中するように、やがて彼は昼間も歩き出したいと言い出した。
 休日の公園、やがては人の多い街にまで…。
 そのことを彼の両親はスゴク喜んで、オレに多くのおこづかいをくれた。
 だけど…全然嬉しくなかった。
 彼がオレ以外のものを、気にしだしていることを、気付いてしまったから…。
 そうして彼と出会って、二つの季節が過ぎた頃、彼は…高校に通い出した。
 学校にはおだやかで優しい人が多くて、楽しいと彼は言っていた。
 オレは顔では喜んでいたけれど、胸は真っ黒に染まっていた。
 …もう、彼にはオレが必要じゃないのかもしれない。
 彼が着る服も、オレが知らないうちに買われた、新しいものになっていった。
 やがては放課後や休日に会うことも、減っていった。
 そしたら…彼のご両親から、やんわりともう役目は終わったのだと、言い渡された。
 目の前が真っ暗になった。
 でも冷静な部分が生きていて、笑顔で受け入れてしまった。
 …もう彼が、オレの手の届かないところに行ってしまったことを、分かってしまったから…。
 最後に手切れ金のように大量のおこづかいを貰って、オレは彼に何も言わずに去った。
 ―自室で自分の通帳を広げてみる。
 かなりの大金だ。
 もうおこづかいを親から貰う必要が無いくらいの金額。
 …なのに心はちっとも浮かばない。
 思うのは彼のことばかり。
 でも冷静な自分がいて、もう彼がオレを必要としていないことを分かってしまっていた。
 笑顔の彼から言われることは、学校のこと、友達のこと、ご両親のことばかり。
 …思い起こせば、オレのことなんて一度も言っていない。
 側にいるのが当たり前だったから、言わなかっただけかもしれないけど…。
 最後に、聞けば良かった。
 その答えが『弟』でも『親友』でも良い。
 彼にオレ自身をどう思っていたのか、聞きたかった。
 後悔しても、もう遅い。
 どんより暗くなっていると、部屋にノックの音。
「誰? 母さん?」
「あの、ボクだけど…」
 …彼の声だった。
 慌てて扉を開けると、本当に彼がいた。
「どっどうして…ここに?」
「あの、親に聞いて、その…。あっ会いたかったから」
 彼は少し頬を赤くして、言った。
 動揺する気持ちを抑えて、彼を部屋の中に入れた。
「最近、全然会えないから、心配してたんだ」
「そっか…。ゴメン。学校の行事が忙しくってさ」
 笑顔でウソをつく。…ご両親のことは言えない。
「もしかして…親に何か、言われた?」
「えっ?」
 真っ直ぐな眼が、オレを見る。
「キミがボクと話してくれたのは、ボクの親に頼まれたから…なんだろう? 知ってる…。でもボクはキミといるのが1番楽しいし、そういうとこは、親関係ないと思うから…」
 胸がぎゅっと痛んだ。嬉しい言葉のハズなのに…!
「…ねぇ、1つ聞かせて?」
「んっ。何?」
 オレは彼の眼を真っ直ぐに見つめた。
「あなたにとって、オレは何?」
「キミはボクにとって…」
 彼は少し考えた後、真っ直ぐにオレを見た。
「1番、好きな人。1番、大事な人だ」
 そう言って笑顔を見せるからっ…オレは彼に抱きつき、キスをした。
「んむっ…!」
「…好きだよ。オレもあなたが世界で一番好き!」
 泣きそうな顔で言うと、優しく頭を撫でてくれた。
「うん、ボクもキミが大好きだよ」
 甘く微笑んで、今度は彼からキスをしてくれた。
 離さないよう、離れないように、オレ達はきつく抱き締めあった。



<終わり>
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