「空に月が輝く時」・18

 さすがは医者の住居…と感心している間もなく、彼の性格が爆発した。
 薄々とは感じてたが、彼はとっても執着心が強い。
 そして一度決めると、絶対に覆さない。
 だから今みたいに予告なく帰宅時間が遅くなると、とんでもないことをする。
 彼の職場はマンションから近いので、定時で帰ってくる彼にはどうしても追い付かない。
 それでもなるべく急いで帰ろうとした。
 しかし、…扉の前で、俺は止まった。
 防音壁なので、音は一切聞こえない。
 でも部屋から漏れ出る異様なオーラが、可視できるのが恐ろしい。
「ううっ…!」
 先に帰ってきているであろう、彼の怒気を感じられる。
 勇気を振り絞り、ドアノブに手をかけた。
「たっただいま帰り…ひぃっ!」
 部屋の中は、惨劇が起こっていた。
 ありとあらゆる物が床に散らばり、そして壁に投げつけられていた。
 朝見たモデルルームのような綺麗な部屋の光景は、すでに過去のものになってしまった。
「…おかえり」
 そして惨劇の場の中心に、彼が笑顔で立っていた。
 …冷気をまといながら。
「すっすみません! 急に仕事が入って、遅くなったんです!」
 カバンを胸に抱えながら、必死に謝る。
 …彼は少しでも予告していた帰宅時間が遅れると、キれて暴れる。
 その後の俺の身に降りかかることは、恐ろしくて誰にも相談できない。
「ふぅん?」
「本当ですって! 兄貴に聞けば、分かりますから」
 足元に気をつけながら、彼に近付く。
 …本当は逃げ出したい。
 けれど逃げて捕まった後は、言葉にできないことをされた経験があるので、絶対に逃げられない。
「…空耶くんの仕事ってさ、結構忙しい上に不規則だよね?」
「まっまあそうですね」
 いつ急な仕事が入るとか、前以って分からないのが辛い仕事ではある。
「もう辞めちゃえば?」
「うっ…!」
 いつかは言い出されるとは覚悟していたものの、実際言われるとキツイ。
「平日は会社終わった後でも連絡来る上に、残業も多い。休みはなかなか取れないから、二人で一緒にいる時間も少ないし」
 …それも言われそうだったから、彼の元に引っ越してくることにしたのに。
「キミ一人ぐらい、僕が養ってあげるからさ。ねっ?」
 彼は俺の頬を両手で包み込み、間近で微笑んだ。
 こっ怖いっ! 
 悪魔どころか、魔王レベルの恐ろしさだっ…!
「でっでも、会社は俺がいなくちゃ成り立たない部分もありまして…かっ改善しますので、勘弁してもらえないでしょうか?」
 動揺のし過ぎで、敬語がおかしくなっている。
 でも直そうと思って、できることじゃない。
「ダメ」
 …彼の気迫が怖過ぎるから。
「八雲には僕から言っておくから。キミは大人しくここで僕を待ってて?」
「えっ…ええぇ~?」
 血の気が引く顔で、笑っても変に見えるだろう。
「うん、そうしな。専業主夫になりなよ、空耶くん」
 …俺も常々自分で自分のことを、執念深いと思っていた。
 自分をフッた男のことを、ずっと思い続けていたからだ。
 でもその相手は、自分以上の執念深さを持っていた。
 八年間、離れていた分だけ、溜まっているのかもしれないが…コレは少々どころか、かなりヤリ過ぎな気がする。
「…櫂都さん、自分で自分の行動、精神科のお医者さんとして見て、どういうふうに思いますか?」
「イかれているよね」
 精一杯の嫌味も、彼は笑顔で応える。
「でもそれってしょうがないんじゃないかな?」
「しょうがない?」
「そっ。だって」
 彼はゆっくりとキスをしてきた。
「恋って人を狂わせる力があるんだから」
「…それって、卑怯な言い方に聞こえますが」
 少しムッとしてしまう。
 愛の告白は、こういう時に言われると異様な力を持つから。
「ふふっ、ゴメンね? 僕もまさかこんなにキミに夢中になるなんて思わなかった」
 そう言って美しい狂人は、優しく抱き締めてくる。
「愛しているんだ、空耶くん。全部、僕の物になって?」
「…本当にズルいですね、櫂都さん」
 愛しい人にそんなことを言われたら、逆らえない。
「―良いですよ。俺の全てをあなたに差し上げます。代わりに、あなたを俺にください」
「良いよ。僕はすでにキミの物だ」
 この言葉は…本気? 
 それとも誤魔化し?
 …いや、どちらでも良い。
 今はただ、目の前に彼がいれば、それで良い。



【終わり】

★最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪

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