「空に月が輝く時」・12

2011.09.13(00:07)

 所詮、お嬢様育ちの彼女にとってピアノは趣味程度のものだっただろう。
 しかしずっと「プロ並みだ」と言われたら、その気になってしまったんだろうな…。
「婚約は彼女の方から破棄された。自由の身となったはずなのに、キミの顔は浮かび続けたまま。気付けばここへ来てたってわけ」
「じゃあ、お酒を飲んでいたのは…」
「うん、空耶くんに介抱してもらう為。キミは優しいから、酔っ払っている僕をほっとくことはしないだろう?」
 …確かにできなかった。
 でもそれが、全て計算されていたものだったなんて…。
「まあ一種の賭けみたいなもんだったから」
「賭け?」
「そう、賭け」
 言いながらもボトルを傾け、グラスになみなみとワインを注ぐ。
 …酒に強いんだか、弱いんだか。
「キミが八年前、手酷くフッた僕を未だに思ってくれているのかどうか、確かめたかったんだ」
「…それで? 俺が今、彼女持ちで幸せに暮らしていることを知ったら、どうするつもりだったんですか?」
「もう二度と会わないつもりだった。そしていずれはまた、誰かと婚約して結婚しただろうね」
「じゃあ…今の状態は何なんですか?」
 理解できない言葉と行動が多過ぎる。
 彼の中では筋が通っていても、振り回されるこっちの身は耐え難い。
 彼は俺を見てにっこり笑うと、グラスワインを一気に飲み干した。
 うわー…こういう飲み方はしたくない。
「キミは相変わらず僕を好きなままで、安心した。だから今日も会いに来たんだ」
「…相変わらずおかしなことを言う人ですね? 俺の気持ちはあなたにとっては迷惑だったのでしょう?」
 そして最後は「大キライ」とまで言われた。
 ありえないぐらいの止めを刺しといて、この人は今更何がしたいんだろう? 
 彼は軽く眼を伏せ、自嘲気味に笑った。
「そう、だね。迷惑だった。ありえないほどの純粋さで僕を慕ってくるなんて…ちょっとした恐怖だよ」
 俺は軽く唇を噛んだ。
 この人は…。
「櫂都さん、何であなたはそこまで自分を陥れようとするんですか?」
「えっ?」
 彼は俺の突然の言葉に眼を丸くした。
「確かに計算なくして人と付き合うことのできないあなたは酷い人ですが…」
「ヒドイ言われ様だね」
「本当のことですから」
 俺はそこで軽く深呼吸した。
 俺の言うことなんて心に届かないでもいい。
 でも…少しでも彼の中に残ればいいと、願いながら言葉を紡ぐ。
「あなたは不器用な人です。いつでも自分にとって、得か得じゃないかの違いでしか行動しない。でも別に悪くなんてないんですよ」
「空耶くん…」
「別に下心があってもいいじゃないですか。自分が一番大切だと思うことを、間違いだなんて言う人はいません。そりゃあちょっとイヤだなとは思う人もいるかもしれませんが」
 …実際、俺は少しイヤだった。
 自分が…彼の一番じゃないことが。
「それでも俺はそういうところも含めて、あなたが好きなんです。闇のような部分も…きっとそういうところがあるあなただから、俺は惹かれたんだと思います」
 俺にも闇の部分はある。
 けれど彼はその闇を自分一人で抱え込んでいた。
 誰かに打ち明けることもなく、ずっと一人で…。
 そのことが切なくて、悲しかった。
「俺を選ばなくてもいいです。けれどいつかは、ありのままの自分で愛せる人を見つけてください」
 あんなに酷いフられ方をしたのに、それでも俺は願ってしまう―彼の幸せを。
 この人は本当に綺麗な笑顔を見せてくれるから。
 きっと本当に心から愛する人ができれば、その笑顔は光り輝くだろう。
 それは太陽の輝きには劣るかもしれないけれど、穏やかな優しい光には違いないから。
「そう…だね。きっとそれが僕の幸せだろう」
 彼は頷き、グラスをテーブルに置いた。
 そしてまた、ボトルに手を伸ばそうとしたので、慌てて横取りした。
「あなたは言ってる側から! 少しは真面目になってください!」
「お酒は別だろう?」
 けろっとして言っているのだから、…本当に俺の言葉なんて届かないらしい。
 人の一世一代の説得を…いや、もういいや。
「酒断ちしたらどうです?」
「えー。何でまた」
「本当に愛する人が見つかるまで、酒断ちするんですよ。あなたは自分の得になることなら、何だってできるでしょう?」
 わざわざ大キライな俺に構うほどだ。
 こんなの苦痛のうちに入るワケもない。
「…じゃあ僕が本当に好きな人を見つけたら、飲んでも良い?」
「ええ。そしたら賭けなんてバカな真似、しなくてもいいでしょう?」
「バカなことをしたとは思っていないけど…でもまあそれも良いかもね」
 肩を竦め、観念したような笑みを浮かべる。
 俺はとりあえず安心し、溜息をつきながらボトルをテーブルに置いた…途端、すぐに彼の手が伸びた!
「櫂都さん!」
「うん、だからキミに決めた」
「はっ?」
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