「空に月が輝く時」・6

2011.09.07(16:55)

「そう、だな。でもさっきも言った通り、カイは気乗りしなかったんだ。でも勤め先の医院長の手前もあったし、今回の結婚も無理やり勧められた感じだったなぁ」
 …そんなに彼は嫌だったのだろうか?
 でも昨夜のあの様子では、少なくとも婚約がダメになったショックはあったはず。
 つまり彼は結婚しても良いと、心の中では思っていたはずなんだ。
 俺は訳が分からず、頭をかいた。
「兄貴はさ、破談の原因は櫂都さんの方にあると思うのか?」
「まあな。向こうのお嬢さんはカイに夢中なようだったし、あるとすればアイツの方だろう」
 兄の言い分に、眉を寄せてしまう。
「けどさ、昨夜の櫂都さん、自暴自棄な感じがあったんだけど」
「カイがか?」
 さすがに兄も眼を丸くしている。
 彼が感情を取り乱す姿なんて、見たことがなかったんだろう。
「うん…。かなり飲んでたみたいで、終電逃したから泊めてくれって来たんだ」
「終電ってお前の住んでいる所、居酒屋あったか?」
「駅近くなら…。でも大分ウチから離れているし、そもそも何でこっちで飲んでいたか分からない」
「そうだなぁ。勤め先の病院も、住んでいるマンションも逆方向だ」
 二人して腕を組み、首を傾げた。
「まっ、後でそれとなく聞いてみるよ。面倒かけたな」
「…いや。とりあえず、親友なら慰めてやれよ」
「分かった。近々飲みに行くことにする」
「飲むのはやめてくれ!」
 今度は二人してウチに来られては、迷惑どころの話じゃない。
「あっ、お前もどうだ? ここんとこ、会ってなかったんだろう?」
「おっ俺はいい。仕事が忙しいし、櫂都さんのそういうプライベートな話、付き合いたくないから」
 …正直、聞きたくはない。
 まだ辛い部分があるから。
「そっか。分かったよ」
 俺の頭をぽんぽんと叩き、兄は優しく微笑んだ。
 ガサツなように見えて、人の心を察しやすい。
 俺は兄のこういうところが好きだった。
 でも…彼は嫌いだった。
 兄は行動派で、人望が厚い人。
 そのおかげで十年前に立ち上げたこの会社は、不況知らず。
 会社の仕事内容はイベントなどで人を派遣すること。
 会社に勤めている人間は二十人程度だが、派遣社員はかなり多い。
 そして取り引き相手も数多い。
 それをまとめ上げているのだから、兄の仕事は評価できる。
 ちょっと強引だけど、優しくて明るい自慢の兄。
 俺がここに勤めるようになったのは、兄の強引な誘いがあったからだけど、今は後悔していない。
 まあ高校卒業したばかりの俺が、地元を離れて勤められる会社なんて限られていたから、声をかけてもらった時は嬉しかった。
「んじゃ、そろそろ戻るか」
「そうだな」
 二人して立ち上がる。
 けれど兄はジッと俺の顔を見つめた。
「どうかした?」
「少し顔色が悪いな。寝不足か? 昨夜は遅くまで残っていたんだろう? それでカイの相手をしてたんじゃ、疲れが溜まっているんじゃないか?」
 そう言って俺の頬に手を当てる。
 兄の手が温かく感じるのだから、体温が低いのかもしれない。
「少し疲れが残っているみたいだけど、平気。昨夜は二人してすぐに寝たし」
「そうか。あんまり無理するなよ。何だったら午後からは帰っても良いし」
「そこまでは。でも今日は定時で帰るつもりだから」
「ああ、分かった。昼食はオレと食べないか? 取り引き先から美味いフレンチレストランを教えてもらったんだ。お前、洋食好きだろう?」
「さんきゅ。んじゃせっかくだから、兄貴に奢られよう」
 おどけながら言うと、兄は笑った。
 太陽のごとく、明るく暖かな笑み。
 ―冷たく美しい月のような彼の微笑とは、全く違う。
「ああ、たくさん食えよ」
「あははっ。それじゃあ美味い昼食目指して、仕事頑張る」
「そうだな。オレも頑張るか」
 仕事、か。
 彼は勤め先の娘との結婚が破談になった。
 なら今日は本当に病院に行ったのだろうか?
 まあ医者だし、いきなり辞めることはできないだろうが、今後はどうするんだろう?
 …いや、止めよう。
 俺が考えてもどうしようもないことだ。
 それに医者なら、どこへだって働ける。
 あの人、世渡り上手だし、ほっといても平気だろう。



 …と、思っていた。
 それはもう二度と、彼と会わないことを前提にした思考だったのに…。
「…何で再び俺の家の玄関前にいるんですか?」
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