フリーのシナリオライターとして活動しています
「卵と食パンしかないなんて、どういう食生活してるの? 昨夜も本当はコンビニ弁当で済ませようとしたんだろう?」
 昨夜コンビニで買ってきた物は、冷蔵庫に入れた。
 きっと料理の材料をチェックする時に見られたんだろう。
「…そうやって人の食生活に口を出すのは、医者の癖ですか?」
「医者は医者でも、僕は精神科なんだけどね」
 ある意味、凄く納得できる。
 彼なら簡単に人の心を操れるだろうな。
 そう考えていると、不意に彼が振り返って俺を見てにっこり笑った。
 途端に背筋にぞくっと寒気が走る。
「今なんか、とんでもないこと考えていなかった?」
「いえ、別に。あっ、俺風呂に入ってくるので先に食べててください」
 一気に言うと、とっとと風呂場へ駆け込んだ。
 あっ相変わらず変に勘の鋭い人だ…。
 心臓が一瞬、凍るほどの恐怖を味わってしまった。
 寒くなった体を温める為、熱めのシャワーを浴びる。
「でも…」
 よくよく考えてみたら、あの人がフられることなんてあるのだろうか? 
 女心でも平気で弄ぶような彼が?
 …そう言えば婚約破棄の詳しいことは、聞いていなかったな。
 でもあの様子じゃあ、フられたみたいだ。
「珍しいこともあるもんだ」
 鬼のかく乱という言葉があるぐらいだ。
 そういうこともあるんだろう。
 ざまあみろと思う気持ちと、良かったと思う気持ちが心の中でせめぎ合う。
「…俺は何を望んでいるんだ?」
 例え俺が望んだところで、彼が何一つ応えてくれることなんてないと分かっているのに…諦めが悪過ぎる。
 相手は特に、結婚しようと婚約者までいたのに。
「…本当にバカだな」
 苦笑しながら、シャワーの温度を上げた。



 風呂場から出ると、ソファーで彼が座っていた。
「長かったね」
「…まだ食べていなかったんですか?」
「うん。食事は一人じゃ味気ないし」
 ソファーの前のテーブルには、サンドイッチとコーヒーが用意されていた。
 卵焼きをパンにはさんだサンドイッチは、俺の好物だった。
 だから毎朝、食べていたワケだが、改めて彼が作ったと思うと複雑だ。
「相変わらずこのサンドイッチが好きみたいだね」
「食べるの楽ですから。作るのも早いし」
 手軽に食べられるところを気に入っていて、子供の頃から食べていた。
 でもまさか、彼がそれを覚えていたなんて…。
「櫂都さん、今日の仕事は?」
「一応朝から。一緒に出て行っても間に合うよ」
「先に出て行ってもらっても、全然構わないんですけど?」
「…そこまで冷たくしなくても、いいんじゃない?」
 さすがに彼の笑みが固まった。
 けど言う権利は俺にはある。
「この部屋の主なので」
「そうだったね。でも良いじゃないか? 出て行く時一緒でも」
 …確かに、そう強く拒絶することじゃないしな。
 それにこれでもう、彼と会うこともなくなるだろう。
「まあそのぐらいは良いですよ」
「ありがとう」
 その後は二人とも、黙々と朝食を食べ続けた。
「時間に余裕があるんでしたら、シャワーをどうぞ。洗面所には使い捨ての歯ブラシも置きましたから」
「シャワー、借りても良いの?」
「ええ。あと着替えですが、俺の私服を出しておきます。スーツはどうするんですか?」
「病院の方に予備があるから。でも助かるよ。ちゃんと洗濯して返すから」
「―いりません。着終わったら捨ててくださって結構ですから」
 そう言いつつ、俺は彼を風呂場へ押しやった。
「えっ、でも」
「いいんです。…俺はもう二度と、あなたに会いたくないんですから」
 低く呟き、俺はドアを閉めた。
 すぐに背を向け、クローゼットを開く。
 しばらくして、シャワーの音が聞こえ始めた。
 それを聞いて、ほっと一息つく。
「…ちょっと大人気なかったか?」
 未だに彼の前では甘えが出てしまう。
 兄は太陽のように明るく、頼れる存在だ。
 彼は逆に月のように、静かで穏やかだった。
 …いや、そう思っていた。
 彼は例えるなら闇。
 時折、月さえ覆い隠してしまうほどの深い闇だった。
 闇はそれでも太陽に憧れを持っていた。
 自分と違う、熱く輝く太陽を。
 でもどうやっても太陽は輝きを失わず、その歪んだ感情は…太陽の近くにある空へと向かったんだ。
「バッカみてぇ」
 太陽みたいな兄よりも、月のような彼が好きだった。
 一緒にいて落ち着いた。
 共にいて嬉しかった。
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【2011/09/05 19:54】 | BL・<空に月が輝く時>
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