「空に月が輝く時」・3

「まあ時々は。だって親友だからね」
 飄々とした様子で言われても、その言葉の意味は薄い。
「あなたから人間関係を聞くと、どうしてこうも白々しく聞こえるんでしょうね?」
「おやおや。僕は随分信用されていないようだね」
「あなたは別に、俺から信用されようなんて思っていないんでしょう?」
「………」
 無言の笑顔で肯定―か。
 相変わらずな人だ。
 俺はそう思いながら立ち上がった。
「どこ行くの?」
「着替え、用意するんです。スーツのまま寝たいんですか?」
「ああ、それは嫌だね」
 高そうな品の良いスーツなのに、座り込んでいたせいでグシャグシャのシワだらけ、しかも酒を飲んでいたせいでアルコール臭い。
 まっ、彼の稼ぎならスーツの一着や二着、捨てても懐は傷まないだろう。
 クローゼットを開けると、新品のスウェットの上下を出した。
「とりあえずコレにでも着替えてください」
「ありがとう」
「俺は洗面所に行きますから」
「うん」
 いつもの自分のジャージを持って、洗面所へ入る。
「はあ…」
 深く重い溜息二発目。
 でもさっきのよりも、暗い。
 成り行きだったとはいえ、まさか彼を家に泊めることになるなんて…とりあえず、明日会社で兄に会うから、一発ぶん殴っておこう。
 …でも兄は知らない。彼の本性を。
 そして彼と俺の間にあった出来事を。
 だから別に悪気があったワケじゃない。
 それは分かっているが、腹は立つ。
「それとこれとは別だよな」
 低く呟きながら、スーツを脱いだ。
 ジャージに着替え、顔を洗うといくらか気分はサッパリした。
 でも…できることなら、ここで眠りたい。
 彼とは同じ空間にいることすら、苦痛だ。
 けどいつまでもここにいたら、不審に思って声をかけてくるかもしれない。
 どっちにしろ、逃れられない。
「ふぅ…」
 再び溜息をつくと、ドアを開けた。
 彼はすでに着替え終わっていて、スーツを綺麗に畳んでソファーの上に置いていた。
「あっ、ありがとね」
「どういたしまして」
 彼は八年前と変わらず、気軽に接してくる。
 …こういうところも嫌なんだ。
「とりあえずベッドで眠ってもらって構いません。明日の朝は、俺が家を出る時には出て行ってもらいますよ?」
「朝、一緒に出ていくのは良いけど…。ベッドは別に二人で並んで寝ても大丈夫そうだけど?」
 確かに大きめのベッドだ。二人で寝ても平気だろうが…。
「俺が精神的に嫌です」
「…ハッキリ言うね」
「そういうふうにしたのは、あなたでしょう?」
 憎しみのこもった声と眼差しを向けるも、彼はただ薄く笑うだけ。
 先に眼を逸らすのは、いつも俺の方。
 クローゼットから予備の毛布を取り出し、携帯電話に朝起きる時間にアラームをセットした。
「電気、消しますよ?」
「ああ、うん」
 彼はいそいそとベッドに潜り込んだ。
 俺は電気を消し、ソファーに横なった。
 携帯電話をテーブルに置いて、毛布を頭っから被る。
「…おやすみ」
 彼の消え入りそうな声は無視して、俺は固く目をつぶった。
 風呂も飯も酒もお預けとなったが、これ以上、起きて彼と言葉を交わしたくなった。
 その姿さえ、見るのは嫌だった。
 …だって彼は八年前、俺が彼を好きなことを知っていて、酷いフリ方をしたからだ。
 自分を手酷くフッた相手に、八年経ったからといって、優しくできるものじゃない。
 それは彼も分かっているのに何故今頃、俺の前に姿を現す?
 しかもその原因が婚約破棄だなんて…バカにしているとしか思えない。
 でも本当にバカなのは、それでも会えて心が躍っている俺自身なのかもしれない。



 翌朝、ケータイのアラームが鳴る前に俺は起きた。
 原因は料理している音と匂い。
「んんっ…?」
 仕事が忙しいせいか、滅多に家で料理しなかった。
 なのに漂ってくる良い匂いは…。
「って、えっ?」
 慌てて飛び起きると、自分がソファーに寝ていたことに気付く。
「ああ…そっか」
 すぐに昨夜のことを思い出す。
 キッチンに顔を向けると、…何故か彼が料理していた。
「…何、しているんですか? 櫂都さん」
「んっ? ああ、おはよう。空耶くん」
 彼は昨夜あんなに酔っぱらっていたのに、今朝はさっぱりした顔をしていた。
「泊めてもらったお礼に、朝食を作っているんだ。でもあんまり材料がなくてビックリしたよ」
 そう言いながら器用にオムレツをひっくり返す。
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