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「空に月が輝く時」・2

「…何でそんなになるまで、飲んだんですか?」
 最後に会ったのは彼が二十五歳の時。
 お酒は嗜む程度には飲んでいるとは聞いたが、強そうに見えた。
 決してここまでなるほど、飲まない人だろうと思っていたんだが…。
「ん~。婚約がパアッになっちゃったから、かな?」
「……はい?」
「だから結婚が破談になった。だからヤケ酒」
 そして俺の所に…って納得できるかあ!
「…そうですか。それはご愁傷さまです。なら親しい人達と、残念パーティーでもしてたんですか?」
 ジト目で感情のこもっていないセリフを言うと、彼は茶色の目を細めた。
「この八年で可愛くないことを言うようになったね」
「俺ももう二十六なので。櫂都さんは三十三でしょう? お互い、責任を持った行動をしましょうよ」
「まあそうだね」
 そう言いつつ、隠し持っていたビールを開け始めた。
「うわわっ。ちょっと止めてくださいよ! 飲むなら自分の家でお願いします」
「家に帰りたくないんだ」
 …家には婚約者との思い出があるのだろうか?
 そうだとしたら、同情しなくもない…でもないな。
 そもそもこの人が、本当に婚約者を愛していたかは分からない。
 婚約が破棄になり、プライドが傷付いただけかもしれない。
 …でもだからと言って、このまま放置はできない。
 他のアパートの住人に見つかったら、何と噂されるか、考えただけでも恐ろしい。
 彼の相手をすることと、アパート内で噂をされることを天秤にかけ、俺は頭痛がした。
「…分かりましたよ。朝までならどうぞ」
 結局、こう言うしかないからだ。
「そう? ならお言葉に甘えて」
 一瞬、殴りたくなった。
 けれど相手は酔っ払い。
 タガが外れて、おかしくなっているのだと、自分に言い聞かせる。
「それじゃあ、どうぞ。汚く、狭い所ですけど」
 玄関の鍵を開けて、彼を招き入れた。
「お邪魔しまーす」
 部屋の間取りは1LDK。
 トイレと風呂が別々で、クローゼットが壁に埋め込み式なのがありがたい。
「…何か良い部屋だね」
 部屋を見回して、彼は感心したように呟いた。
 クローゼットがあるのでタンスがないだけで、後は普通のどこにでもあるような家具があるだけ。
 ベッドも普通。
 目立った物など一つも置いていない。
「嫌味は結構。櫂都さんはお医者さんなんですから、もっと良い部屋に住んでいるんでしょう?」
「まあね。都心にマンション、買ったから」
 …うわぁ。
 自分で言っておいてなんだけど、差がまさに天と地。
 平凡なサラリーマンは、高学歴・高収入の医者にはどう足掻いても勝てない。
 がっくり項垂れながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「お酒はもう止めてくださいよ?」
 そう言いつつ水を渡す。
 彼は部屋に入って来る時、ビニールの袋に入った酒を持ってきた。
 …近くにあるコンビニの袋だが、そこで購入したとは思いたくない。
「ありがと。そうする」
 ソファーに座り、彼は大人しく水を飲んだ。
 さて…と、彼はスーツを着ている。
 ということは着替えを貸さなければならない。
 まあ俺とあんまり体格は変わりないし、大丈夫だろう。
 …って、違う! 
 肝心なことを聞くのを忘れていた。
「と言うか、櫂都さん。何で俺の家が分かったんです?」
 そう、それが一番重要だった。
 俺は彼に今の住所を知らせていない。
 八年前、彼は地元を離れ、俺もその後地元を出た。
 それから今まで、一度たりとも連絡したことなんてなかったのに。
「ああ、八雲から聞いたんだ」
 あんのバカ兄貴っ!
 心の中で殺意が芽生える。
 体育会系で根っから明るい兄は、俺と七つ離れている。
 つまり彼と兄は同級生。
 しかも親友だったりする。
 中学時代からの親友で、その頃からウチへしょっちゅう遊びに来ていた。
 だから俺とも顔を合わせることが多くて…でも、それは失敗だったと今なら思う。
 この人に懐くんじゃなかった。
 当時の俺は本当に子供で、正邪善悪を全く理解していなかった。
 でも今なら分かる。
 この人は―危険なんだ。
 一見は優男風に見えるも、心に深い闇を持っている。
 それを一切表に出さず、平気で人を騙して裏切る、酷い男。
 子供だった俺はそれが分からなくて…最後には彼に傷付けられ、そして捨てられた。
 それがもう…八年も前のこと。
「八雲、心配してたよ。仕事熱心なのは良いけど、頑張りすぎているって」
「…兄とは未だに連絡を?」
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