【花粉症の男性が出会った植物】・3

2011.08.27(21:05)

 オレはもう、仕事に行く気をなくしていた。
 それどころか眠るのがもったいなかった。
 この植物の変化を、この眼で見続けていたいと考えていた。
 けれど水を与えるのは、1日に1度だけ。
 与え過ぎることは決して良くない。
 だから夜までじっと待った。
 花は夜になっても咲いていた。
 そして水を与える時、オレは手のひらをカッターで切り裂いた。

ブシュッ!

 ダラダラと血がコップに流れる。
 水がピンクに染まるぐらいになって、ようやく植物に与えた。
 そして今夜はそのまま起きていた。
 するとその植物の変化を見ることができた。
 ピンクの花は、オレの血を吸ってか、鮮やかな赤い色に染まっていく。
「スゴイっ…!」
 オレはすっかりこの植物に魅入ってしまった。
 そして甘い匂いも強くなった。
 深呼吸すると、頭の中がじぃんとしびれる感じがたまらない。
「はあ…」
 久々だった。こんなに深く、花の香りを嗅ぐのは。
 花粉症になってからというもの、自然から遠ざかったのは心理的にきつかった。
 それまでオレを癒していたものが、いきなり牙をむいてきたのだから…。
 でも今はこの植物がいる。
 側にいて、オレを癒してくれている。
 良い値段はしたが、決して高くはない買い物だったな。
 そう思いながら、植物を置いている部屋で寝た。
 スゴク良く眠れて、寝起きも最高だった。
 夜通し起きていたせいか、起きた時はすでに夜だった。
 オレは包丁を持ち出し、血管をさけながら、手を切り刻んだ。
 水半分・血液半分を、植物に与える。
 すると今度は、枝が伸び始めた。
 小さな鉢ではきつそうだったので、中ぐらいの鉢に植え替えた。
 植物は嬉しそうに、あっと言う間に鉢に合うぐらいに成長をとげた。
 枝を伸ばし、葉を生やし、花を咲き乱れさせた。
 花は美しい濃い赤に染まった。
「キレイだ…」
 まるで赤ん坊から、大人の女性へと変貌したような…。
 オレの血が、ここまで美しくさせたんだ。
 それならば…。
 オレはフラッと立ち上がり、包丁を手に取った。
 そして…。



 数週間後。
 会社を無断欠勤し続けた男性のマンションの前に、会社の上司と警察、そして管理人が訪れていた。
 みな、心配そうな顔をしている。
 彼の部屋からは濃く甘い匂いが漂っていたが、全員その香りに顔をしかめていた。
 何せこの匂い、まるで熟れ過ぎた果実のような匂いをしているからだ。
 管理人が扉を開き、全員が部屋に入った。
 そしてリビングの扉を開けたところで、
「うっうわああああ!」
 異様な光景を眼にした。
 リビングの部屋の中は、植物の枝が広がり、黒き大輪の花がいたる所に咲き誇っていた。
 そしてその植物の根には、彼の体があった。
 全身の血を植物に吸われ、茶色に干乾びた体が、枝に絡まれ、根を下ろされていた。
 甘い香りは、この花から発せられていた。
 彼の手には、説明書が握られていた。
 そこの5番目の注意書きには、

【⑤お客様の与える血の量に対し、植物は成長いたします。しかし与え過ぎにはくれぐれもご注意ください。植物が暴走なさっても、お客様の責任となりますので…】



 路上で植物を売っている男は、風に乗って漂ってきた甘い匂いに、笑みを浮かべた。
「ああ、あのお客さん。よっぽど気に入ったんだねぇ。こんなに美しく咲かせてくれるなんて、植物冥利につくな。お前達」
 男の声に、植物達がかすかに動いた。
 そして植物を見て、足を止めた女子高校生が1人―。
「わあ、可愛い!」
 しゃがみ込み、植物を見る女子高校生に、男は笑顔を向けた。
「いらっしゃい、お客さん。美しい花は好きかい?」



【完】
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