フリーのシナリオライターとして活動しています
 バレンタイン当日。
 学校が終わると、わたしの部屋に来てもらった。
「とりあえず、リクエスト通りにラムレーズン入りのチョコレートケーキを作った」
「あっありがとう。嬉しいんだが…何だか大きくないか?」
 彼がラムレーズン入りのチョコレートケーキを食べたいと言うので、最初はカットケーキが2個入るぐらいの箱やラッピングを買っていた。
「ウチの母が、わたしがアンタにケーキを作ることを知って、本格的なケーキ作り用の材料を買ってきたんだ」
 彼が手作りが良いと言うので、手作りチョコ特集の本を買って、リビングで読んでいたら母に見つかり、問い詰められてしまった。
 ちなみに母もわたしの冷静さには呆れを感じているらしく、彼と恋人になったことを一番に喜んだ人だった。
「おばさん、こういうの、好きだもんな」
 流石に彼の笑みも引きつっている。
 そりゃそうだろう。
 何せケーキのサイズは30センチの10号サイズだ。
 わたしと彼がどうあったって、食べきれるワケがない。
「まあその…何だ。余ったのはアンタの家の人達にでも食べてもらって」
「勿体無いけど、そうする」
 苦笑する彼の前で、わたしはケーキを切る。
 そして皿に載せて、皿を持ち、彼に背中から寄りかかった。
「おっおい」
「せっかくのバレンタインだし、食べさせてあげる」
 そう言ってフォークで一口分切り取り、彼の顔を見上げながら、口元に運んだ。
「ホレ、あーん」
「ぐっ…! あっあーん」
 顔を赤らめながら口を開いたので、ケーキを入れてあげる。
「どう? 甘すぎない? お酒、濃くない?」
「んっ。美味いよ。こんなケーキ、今まで食べたことがない」
 嬉しそうに笑いながら、わたしを後ろからぎゅっと抱き締めてくる。
 …ああ、本当にわたしは彼に愛されているんだな、と思う。
 それは素直に嬉しいんだけど。
「お前も食べてみたら?」
「うん」
 自分で食べようとしたけれど、フォークを持っている手を、上から彼の手が掴んできた。
 そして手が重なったままケーキは一口サイズに切られ、わたしの口元に運ばれる。
「ほら、あーんしろ」
「あーん」
 今度はわたしが食べさせてもらう番。
 素直に口を開き、ケーキを食べる。
「…ん~。結構味が濃いような気がする」
 母の愛がたっぷりと感じられるのが、ちょっと複雑な気分にさせられる。
「でも嬉しいよ。恋人になって、はじめてのバレンタインだしな」
 今までだって、毎年、バレンタインにはチョコをあげていたのに。
 やっぱり関係が変わると、気持ちも変わるんだろうな。
 わたし達はその後も、互いに食べさせたり・食べさせられたりを繰り返して、ケーキの三分の一ぐらいは食べた。
「う~ん…。もうしばらく、甘い物は食べたくない」
 口の中が甘ったるくって、ブラックコーヒーを飲んでもなおらない。
「ホワイトデーはおせんべいかおかきを希望する」
 顎を上げて、顔を見上げながら言うと、彼はクスッと笑う。
「分かってる。アメとかマシュマロより、そっちが好きなんだもんな、お前は」
「嫌いではないんだけどね。歯応えがないものって、食べた気しなくって」
「お前らしいよ」
 クスクスと笑う彼を見ていると、幸せなんだろうなって思う。
 …なのにわたしの心は、いつまでも冷めてばかり。
 思いきって体の向きを変え、真正面から彼に抱き着く。
「ん? どした?」
 そして甘い匂いがする、彼の唇をぺろっと舐めた。
「っ!?」
 驚いて身を引こうとする彼の首に腕を回して、逃げられないようにする。
 そして何度も唇を舐めたり、またはキスしたりを繰り返す。
 はじめのうちは抵抗する態度を見せていた彼だけど、だんだんと力が抜けていくのを感じる。
 全身の力が抜けたのを知って、わたしはようやく彼から離れた。
「おっ前…いきなり何するんだよ?」
 真っ赤な顔で、息を弾ませた彼はグッタリしてしまった。
「…何かいきなり、アンタを味わいたくなっちゃった」
「お前なあ…」
 メガネごしの眼は少し赤くなっていて、ちょっと可愛いと思ってしまう。
「でも、変わったよな」
「へっ?」
 突然彼はおかしなことを言い出した。
「変わっているのは今更だろう?」
「まあそうだけどさ」
 彼は改めてわたしを見つめる。
「恋人になってから、結構甘えるようになったというか、大胆になったというか。スキンシップをよくしてくるようになった」
「…だって恋人なら、そうするものだろう?」
「だな。でもいきなり変わったからさ。驚いてた」
「でも別に女の子らしくはなっていない」
「そんなのはお前に求めちゃいないから、良いんだって」
 彼は楽しそうに言う。
 …けど何かわたしは複雑な気持ちになる。
「前にも言ったけど、別に女の子らしいお前を期待しているワケじゃないんだ。だけど恋人らしくなったことは、素直に嬉しく感じている」
 そういうものかな?
 わたしは無意識に、恋人にはキスしたり甘えたりするものだと思っていたから、そういう行為をしてきた。
 彼は一度も拒絶しなかったし、したいと思ったことをしたわたしは素直に満足してたし。
 恋人になってから、彼とはキスしたい、触れていたいと思うようになった。
 それは恋人なら当たり前だと……って、アレ?
 …こういうのって、彼に夢中になっているってこと?
「むむむ…」
「今度は何だ?」
「確かに甘えるようになったとは思うが、気持ちが甘くないと言うか…」
「…前から聞こうと思っていたんだけどさ」
「何だ?」
「お前の中の恋人って、どんな感じなんだよ?」
 聞かれて、首を傾げる。
「そりゃあイチャイチャ、ベタベタとするもんじゃないのか?」
「それは一部のバカップルと言われる存在だ」
 彼は呆れた表情を浮かべ、ため息を吐く。
「別に俺達がそうなることはないだろう? 俺達は俺達の恋人であれば良いんだから」
「まあ…そうだけど」
 わたしと彼とでは、わたしが思い描く恋人になれないことに、悩みを感じていたのは確かだ。
「だからさ、ムリにそういう形に当てはめようとするなよ。俺は今のままでも充分に幸せなんだから」
 優しく微笑む彼を見ると、わたしも幸せだと思う。
 うん、呆れた表情より、笑顔の方がやっぱり良い。
 彼が笑顔でいてくれるのなら、わたしも無理せず背伸びせずに、このままでの恋人を続けようと思う。
 バカップルになろうとして、ギクシャクするよりは、素のままでいた方が楽だし。
「んじゃまっ、肩の力を抜いて、いつも通りのわたしのままでいる」
 そう言いつつ、彼に抱き着いた。
「ああ、そうしてくれ」
 彼が優しく頭を撫でてくれるのを心地よく感じながら、わたしはウトウトし始めた。
 そんなわたしに、彼は小さく囁く。
「…お前、気付いていないかもしれないけどさ。俺達がしていることって、とっくにバカップルと同じことなんだぞ?」
 いつでもどこでも一緒で、二人っきりになれば抱き着いて、キスばかりする。
 とっくに恋人としては甘い空気を出していることに、わたしは全く気付いていなかった。

<終わり>

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【2017/06/19 07:04】 | <Kiss>シリーズ
【タグ】 キスシリーズ  短編  甘々  バレンタイン  キス  
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