甘々のキス・4(野球)・1

 思い出せば、いつも彼の言葉からはじまっていた。
 最初は春の体力測定が終わった後、運動神経が良かったわたしに、彼が声をかけてきた。
「なあなあ、野球部のマネージャー、してくんない?」
「えっ?」
 運動部に誘われることはあっても、マネージャーに誘われることは今までなかった。
 ウチの学校の野球部は正直言って、そんなに強くない。
 そのせいか部員もギリギリで、マネージャーなんて今まで存在すらしていなかったらしい。
 男所帯のせいで、部員達の士気も下がっているし、部室も大変な状態になっているらしい。
 家事や誰かの世話をするのには慣れていたので、わたしは引き受けることにした。
 彼の熱意に負けたというのもあるけど…。
 一生懸命に頼み込んでくる姿が、ちょっと可愛いと思ったのもあるかな?
 とにかく、わたしは彼の所属する野球部のマネージャーになった。

 …ところが、予想以上にヒドイことになっていた。
 部室は今まで掃除も洗濯もロクにしていないことがありありと出ていて、部員達も遊び半分になっていた。
 こんなんで勝てるワケがない!
 わたしは気合を入れ直し、部を立て直すことを決めた。
 まずは部室の掃除と、ユニフォームの洗濯からはじめた。
 授業が終わった後にチマチマやっていてもしょうがないので、休日に朝から来て、晩まで掃除と洗濯をした。
 古いながらも小型の洗濯機があって良かった。
 顧問の先生から部費を貰って、洗剤や掃除に必要な物を買い揃えた。
「掃除や洗濯って、大変なんだなぁ」
 のん気な声で荷物持ちをしてくれるのは彼だった。
 休日に一気に掃除と洗濯をすると言うと、付き合ってくれると言った。
 …つまりその間、野球部の練習はないという意味なので、ちょっといろんな意味で泣けた。
 でも手伝いは嬉しかった。
 重い荷物も、彼は平気な顔をして持ってくれる。
 頼もしいなぁと思う反面、その力を野球に注いでほしいという気持ちもある。
「ちなみに掃除と洗濯の経験はあるの?」
「ないな」 
 …やっぱり。
 爽やかな笑顔で言われても、心は浮き立たない。
「…じゃあとりあえず、草むしりお願いね」
 わたしは草刈鎌と軍手を彼に渡した。
「えっ? 草むしり?」
「そう。ウチの部室の周り、スゴイことになっているから」
 野球部の部室はグラウンドの側に立てられたプレハブ小屋。
 そこの周囲が草原と化しているのはいただけない。
「草ばかりだと、虫もわくでしょう? 蚊に食われたらイヤじゃない」
「まあそうだな」
 彼は軍手と鎌を受け取った。
 そのうえにわたしは袋を載せた。
「刈った草はこの袋に入れてね。乾燥させてから捨てるから」
「おう! 任せとけ!」
 彼は意気揚々と草を刈り始めた。
「あっ、手元には気を付けてね! くれぐれもケガしないようにね!」
「分かってるって」
 そう言いながらも勢い良く刈っていく姿にちょっと不安があるけれど、掃除や洗濯をしなければいけない。
「よしっ! わたしも頑張ろう!」
 気合を入れて、部室に足を入れた。
 今日は天気が良いから、洗濯物を一気に干してしまおう。
 マスクをして、ゴム手袋をして、エプロンをして、洗い物をはじめた。
 物干し台は野ざらしにされていたので、拭いて綺麗にした後、使用。
 そして掃除は部室の物を一気に外へ出して、部屋の中の掃除から始める。
 そして終わったら戻す物を綺麗にしてから、部屋の中に入れた。
 …主に使用不可能や目的が分からない物は、ゴミ袋に入れて。
 熱中している時に、ケータイのアラーム音で我に返った。
「あっ、お昼だ」
 予定の半分は終わっていたから、順調順調♪
 洗濯物も触ってみると、大分乾いていた。
「この調子なら、今日中には終わっちゃうかな?」
 でも念の為に明日も来て、やり残したことがないか調べないと…。
「あ~、腹減ったぁ」
 振り返ると、彼が地面に座り込んで、お腹をさすっていた。
「お昼ご飯にしよっか?」
「そうだな。コンビニに行くか?」
「あっ、わたしお弁当作ってきたよ」
「ホントか!? ヤッター!」
 素直に喜んでくれるのは嬉しいんだけど…。
「あっあんまり期待しないでよね。大したものは作っていないんだから」
 部室の中はまだゴチャゴチャなので、外で食べることにした。
 お弁当はお握りや卵焼き、唐揚げなど普通のメニューだけど…。
「うん! 美味いな」
 彼はニコニコとパクパク食べてくれた。
 天気が良いし、体を動かした後だから、余計にお腹が減っていたんだろう。
「ねぇ、練習メニューのことなんだけどさ」
「うん?」
「変えない? 正直言って、一回戦負けの常連校なんて情けなすぎるし」
「うぐっ!?」
 ノドに食べ物を詰まらせた彼の背中を、トントンと叩きながら続ける。
「練習の気合の入れ具合も、正直言って甘いし…。良かったら練習メニューとか、わたし決めようか?」
「でっでも野球に詳しいのか?」
「バカにしないでよ! わたしを野球部に誘ったのはあなたでしょう? ちゃんとルールも覚えました!」
 マネージャーになると決めた時には、顧問にお願いして野球のルールブックを借りた。
 そして一生懸命に覚えた。
 今まで野球にはあまり興味を持っていなかったけど、ルールを覚えるとなかなか興味深かった。
「テレビも見るようになったし、部員のみんなのこともちゃんと見てるんだから! だから練習メニュー、わたしに任せてくれない?」

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