職業のキス

2017.06.06(01:20)

 今の季節、わたしの働く職場は毎日が戦場だ。
 何せ洋菓子&パンを扱う喫茶店(お持ち帰りOK)だからだ。
 バレンタインデーも近い今、毎日引っ切り無しにお客様は来店し、予約の電話も鳴りっぱなし。
 バイトを三倍雇っても、仕事の量も三倍だ。
 わたしはフロアのチーフで、接客やレジ専門。
 バイトの管理もわたしの仕事のうちなんだけど…。
「いらっしゃいませ!」
「ありがとうございました!」
 目も回るような忙しさ!
 あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
 それでも倒れることなく仕事をこなせるには、理由がある。
 閉店1時間後、調理場ではまだパティシエ達が慌しく働いていた。
 それでも顔を出すと、1人の男性が気付いてくれる。
「そっち、終わった?」
「うん、こっちのバイト達は全員帰したわ」
「じゃ、オレもあがる。後は頼むぞ」
 彼はわたしの幼馴染兼恋人。
 元々このお店は彼の家族が経営していて、わたしは高校生の時からここでバイトをしていた。
 わたしの家はこのお店のすぐ裏。
 お店の隣は彼の家。
 彼は長男で跡継ぎだから、日々忙しい。
「相変わらず毎日スゴイ人よ。繁盛するのは嬉しいけれど、ちょっとしんどいわね」
「お前は他に、新人の教育もしているもんな」
「それはあなただって同じでしょ? 若いパティシエの卵達を指導しているんだから」
「まあな」
 お互いに苦笑する。
 こう言ってても、お互い20代も後半に突入すれば、ある程度は落ち着いてしまう。
「でも繁盛はお前のおかげでもあるよ。いろいろなアイディア出してくれて、宣伝も良くてくれたから。親父達も感謝してた」
「それはどうも。あなたが海外から帰ってくるまで、潰すワケにもいかなかったからね」
 彼は高校を卒業して、すぐ海外の学校へ行った。
 お菓子作りの腕をあげるために。2年間も。
 本当はスゴク寂しかった。
 けれど彼の夢を邪魔したくなくて、あえて笑顔で送り出した。
 彼はちゃんと2年間真面目に修行して、世界的な賞を取って帰ってきてくれた。
 浮気もせずに、ね♪
「そうだ。今年のバレンタイン、何が食べたい?」
 一見は順調そうに見えるわたし達。
 …だけどちょっとだけ、わたしには不満があった。
「そっそうね。ケーキが良いわ。チョコケーキ。中にチョコチップ入りの」
「分かった。大きなの、作るからな」
「それだったら、長持ちするようにお酒入れてね」
「OK」
 笑顔の彼に、頭を撫でられる。
 …そう、彼は凄腕のパティシエ。
 わたしはせいぜい家庭的なお菓子しか作れない。
 だからバレンタインは毎年、彼の方からチョコをプレゼントしてくれる。
 ホワイトデーだって、彼の手作りのお菓子を貰える。
 つまり…わたしの方からは一度だって彼にチョコを渡したことがない。
 何かお店で買ったのを渡しても嫌味っぽくなるだろうし、かと言ってわたしの手作りなんて…プロに渡すようなものじゃないし…。
「ん? どうした?」
 急に黙り込んだわたしの顔を、心配そうに覗き込む彼。
 わたしはイタズラ心が起きて、近付いてきた彼にキスをした。
 ちゅっ、とね♪
 弾むようなキスをすると、彼の顔が真っ赤になった。
「なっ!?」
「キスしたくなっただけよ。それよりあんまり頑張り過ぎないでね? わたしへのバレンタイン、1日ぐらい遅れたって、すねたりしませんから」
「わっ分かっているよ! まったく…」
 怒りながらもわたしの手をつないでくれる、優しい彼が好き。
 彼を支える為に、このお店に就職したけれど…。
 彼の優しさに、わたしは何かを返せているのだろうか?
 いっつも与えられてばっかりな気がする。
 彼の負担にはなりたくないのに…。
 でもバレンタインは、なぁ。
 誕生日やクリスマスに奮発しても、バレンタインはまた別のもの。
 特別だから、何かしてあげたいのだけれど。
 お菓子作りで彼に勝てるワケはなく、かと言って別のモノをプレゼントするというワケにもいかず…。

 グダグダしているうちに、あっという間に当日。
 そして戦場は修羅場と化し…。
 あっという間に売り物は全て完売。
 バイト達はこれからデートというコが多く、みんな楽しそうに急いで帰って行った。
 お店には彼とわたししかいなくなった。
「おつっかれー。明日は休みだし、泊まっても良い?」
「ああ、でもその前に」
 彼は冷蔵庫から、ケーキを取り出した。
 ハート型のチョコレートケーキ。
「あっ、もしかして…」
「昨夜のうちに、作っておいたんだ。ご希望通りに作ったよ」
「マメねぇ。でも嬉しい! ありがと」
「どういたしまして。はい、フォーク」
「うん」
 フォークを受け取り、ケーキを一口、あむっ♪
「うん♪ 美味しい! 隠し味は愛情かしら?」
「ははっ。まあ当たりかな?」
 赤い顔で、コーヒーを淹れてくれた。
「…ねぇ」
「どうした?」
「何か…わたしもあげたほうがいい?」
「何かって…チョコとか?」
「よっ洋菓子じゃなくて、何かホラ。プレゼントみたいな感じで」
「う~ん…。別に何もないな」
「あう…」
 彼はお菓子作り一筋の人で、他に趣味を持っていない。
 だから物欲もほぼ無いと言っても良い人。
「オレは物より、お前が側にいてくれたほうが嬉しいよ」
「そう? でもわたし、あなたに何も返せていない気がする…」
「そんなことないよ。オレのことを好きで、ずっと側にいてくれるじゃないか。それに…」
「それに?」
 彼はニッコリ満面の笑みを浮かべた。
「オレの作るお菓子を、誰よりも美味しそうに食べてくれる。オレはそれが何よりも嬉しいんだ」
「それはっ…美味しいからよ」
「そう感じるのも、愛情があるからだろ?」
「うっ…!」
 たっ確かにそれはあるかも…。
「オレやこの店を支えてくれる。何をプレゼントされるよりも、今の生活をずっと続けていけると思うことの方が、嬉しいよ」
「…ずっと?」
「ああ、ずっと、だ」
  まあ、それぐらいなら…。
「それがあなたの望みなら…」
「ああ、それがオレの1番の望みだよ」
 あんまりに嬉しそうに彼が笑うから、わたしは思わず抱きついた。
「おっおいっ。どうした?」
「んっ…。わたしも嬉しいから、思わず、ね」
 わたしが側にいて、美味しそうに彼の作ったお菓子を食べることが彼の望みなら。
「本当にずっといるわよ?」
「ああ、いてくれよ」
「もちろん!」
 微笑む彼の顔が近付いてくる。
 彼の口付けはとてもあたたかくて、優しい。
 そしてとっても甘い♪


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