【桜の森の満開の下】・2

2017.05.04(13:29)

 けれど行けども行けども、周囲の景色が変わらない。
 桜の木が、わたしを囲んでいる。
 あんなに感動したのに、今では恐怖を感じてしまう。
「ヤダな…。昔は怖くなんてなかったのに…」
 思わず早足になる。
 こんな所で今、迷子になったら、本当に大変なことになる。
 わたしは自分の勘を頼りに、歩く。
 だけど…景色は変わらなかった。
 これはさすがにマズイ。
 祖母の言葉で言うのなら、この桜の森にわたしは呑まれかけている。
 焦りから、足が速くなる。心臓も早く動いてしまう。
 一本の大きな木を通った時だった。

ドンッ!

「きゃあ!」
「うわっ」
 人に、ぶつかってしまった。
「ごっごめんなさい! 慌てたもので…」
「ううん。オレの方こそ、ちょっとぼ~っとしてたから」
 顔を上げると、わたしとそう歳が変わらない青年が目の前にいた。
 人がいたことに、心底ほっとした。
「あっあのね、ちょっと聞きたいんだけど…」
「うん?」
「バス亭に行きたいの。道、分かるかな?」
「分かるよ。教えてあげる。一緒に行こうか?」
「ありがとう!」
 これで一安心。
 わたしは彼と一緒に歩き出した。
 途中、いろいろな話をした。
 彼も昔ここにいて、懐かしくなって来たらしい。
「春休みを利用して来たんだ。まさかオレの他にも誰かいるとは思わなかったけど」
「わたしも。でも安心した。何せ迷子になってたから」
「迷子ねぇ。気をつけないとダメだよ。この桜の森は、人を呑みこむって言われているんだから」
「あっ、それお祖母ちゃんにも言われた。確かにちょっと、今となると怖いわね」
 風も冷たくなってきた。
 桜の舞い散る花びらが、視界を何度も埋め尽くす。
「でも…不思議と帰れるという自信は揺るがないのよね。あなたがいてくれるからかな?」
「…どうだろう? オレはちょっと自信ないよ。無事にキミを送り届けることができるかどうか」
 そうは言うけど、彼の足は迷うことなく進んでいる。
「ここには詳しいんじゃないの?」
「詳しいよ。ずっとここにいるからね」
「じゃあわたしとも会ったこと、あるのかな? 10年前まで、ここに住んでいたから」
「う~ん…」
 彼はじっとわたしの顔を見つめた。
「…ちょっと見たことがある気がするなぁ。もしかしたら会っていたかもね」
「だと良いわね。わたし、来年も来るつもりだから、良かったら一緒に見て回らない?」
「キミは…ここにはずっといられないのかな?」
「えっ…」
 思いがけない言葉に、思わず足が止まる。
 彼は真っ直ぐに、真剣な眼差しでわたしを見ていた。
「ずっと…はムリよ。わたしは今の生活を捨てられない。わたしを呼ぶ人達がいる限り、わたしは今のわたしを捨てるつもりはないわ」
 きっぱりと言った言葉に、自分で驚いた。
 わたし、何故こんな言葉を…?
 でも…この言葉を言ったことがある?
 ずっと昔、この桜の森で…。
「…そっか。じゃあ仕方ないね」
 彼が歩き出したので、わたしも慌てて付いていった。
 その後、特に会話は無く、桜の森を抜け、あの大きな桜の木にたどり着いた。
「ここまで来たら、大丈夫?」
「あっ、うん。ありがとう」
「ここを真っ直ぐ下れば、バス停に一直線だから」
「そう…なんだ」
 来た時はいろいろな場所をウロウロしていたから、バス停から離れた場所だと思っていた。
「ねぇ…。来年も会ってくれる?」
 わたしは桜の木の下で、彼の眼を真っ直ぐ見つめた。
「…キミが望むなら。オレはずっとここにいるから」
 彼は切なそうにわたしの目を見つめ返し、そっと頬に触れた。
 …その手の感触には、どこか覚えがあった。
「あっ、枝が欲しいんだったよね」
 彼の手はわたしから離れ、桜の枝に伸びた。
 スッと撫でただけなのに、枝は彼の手の中にあった。
「何で…?」
「はい」
 彼に枝を渡され、わたしは呆然としたまま受け取った。
「それじゃあ」
 彼は元来た道に戻っていく。
 その時、急に強い風がふいた!
「きゃっ…!」
 風が運んできた花びらで、彼の姿が見えなくなる!
 けれど風には勝てず、わたしは思いっきり目をつぶった。
 …しばらくして目を開けた時、彼の姿は消えていた。

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