<sweet poison>・23

2011.06.03(05:36)

『だね。俺の方もこれからフランスに行かなきゃだから。しばらくは羽月くんと二人でゆっくりしなよ』
「言われなくてもそうする」
『陽一くんも言うようになったねぇ。そうじゃなくちゃ、おもしろくないけどね』
「言ってろ。じゃあな」
『うん、また連絡する』
 忌々しく電話を切ると、不安げな表情を浮かべる羽月と視線が合った。
「何か利皇と陽一、仲良くなったよね? この一年で」
「…そうか?」
 確かに会話することは多い。
 利皇は性格に難があるものの、付き合いやすくはあった。気軽に話せるのも、羽月以外では彼ぐらいかもしれない。
「まあ会話内容は仕事と羽月のことぐらいだけどな」
「ボクのこと? …ボクのいない間に、何を話しているの?」
 少し拗ねたように、羽月が抱きついてきた。
「お前の留学時代のこととか、な。別に大したことじゃないよ」
「それならボクに聞けば良いのに…」
「他の人から見たお前のことを知りたかったんだよ」
 柔らかな髪の中に指を絡ませ、陽一は笑った。
「でもあんまり利皇と仲良くしちゃダメだよ。あの人、陽一に気があるみたいだし」
「ははっ…」
 強く否定できないのが苦しい。
「あの、ね。陽一、話は変わるんだけどさ」
「あっああ」
「お店もオープンできたし、その…そろそろ陽一のご両親に挨拶に行こうかと思っているんだ」
「おっ、そうだな」
 ようやく仕事も一段落できた。
 工場の方も落ち着いてきたので、両親も時間が取れるはずだろう。
「せっかくだから、この紅茶を手土産に持って来たらどうだ?」
「えっ、紅茶を?」
「ああ。ウチの両親も、お前の紅茶のファンだしな」
「うん、そうだね」
 柔らかく微笑んだ羽月だが、まだ何か言いたそうにしている。
「まだ何かあるのか?」
「うっうん、あの、ね。その…陽一はずっとあの工場で働いていくつもり?」
「う~ん。そうだなぁ」
 東京へ店を出すのに、利皇からの紹介で何人か人が入った。
 そして工場を増設したのに合わせて、従業員も増えた。
 あの工場では陽一は一応中堅とも言えるが、そんなにエライわけではないので、辞めると言い出しても強くは引き止められないだろう。
「…まっまあ他に職があるわけじゃないからな」
 自分で想像したことにダメージを受けながら答えた。
「もし他に仕事があったら、そっちに移る?」
「まあ今のとこより良かったらな」
 妙に必死になる羽月を見ておかしく思い、陽一は首を傾げた。
「何だよ? まさかS&Mに引き抜こうって言うんじゃないだろうな?」
「えっと…そうじゃなくて。ボク、やっぱり喫茶店をやってみたくて…。それで陽一に店を手伝ってもらいたいんだ」
「喫茶店って、紅茶専門のか?」
「うん。コーヒーは苦手だしね。後は軽食を出したりして、都会じゃなくて田舎でのんびりやりたいと思ってさ」
「のんびりって、そんな退職後のサラリーマンが言うようなことを…」
「だっだってあんまり騒がしいのは好きじゃないし、忙しいのも苦手だし…」
 羽月は元々大人しい性格をしていた。今ではこんな仕事をしているものの、彼の性格に合っているのはきっと喫茶店の方だろう。
「…分かった。じゃあ今度は喫茶店開業を目指して頑張ろう。オレもできる限り、手伝うからさ」
「あっありがとう! でもまずは陽一のご両親に挨拶だね。やっぱり『息子さんをください』って言うべきかな?」
「はっ羽月…」
 それでは結婚報告だ。聞いた途端、再会したショックとあいまって、両親は引っ繰り返るだろう。
「まっまずは再会の挨拶だな。後は…後から考えよう」
「そうだね。まだどういう喫茶店にするかとか、どこに建てるかとかも全然決めていないし。やっぱりちゃんとしてから、報告するべきだよね」
「あっ、はは…。そう、だな」
 妙に気合が入った羽月を見て、陽一は力なく笑った。
 それでも近い未来、どこかの田舎で喫茶店のマスターをしている羽月を思い浮かべ、心が温かくなる。
 楽しそうに紅茶を淹れる彼の側に、ずっと自分がいれば良い。
 そしてきっと、常連客として利皇の姿があるだろうと苦笑した。
 けれどそれも悪くない。
 きっとそれが自分にとって一番の幸せだ。
「…羽月」
「ん? なぁに? 陽一」
 無邪気に顔をこちらに向けた羽月に、弾むようにキスをし、満面の笑顔を見せた。
「愛してる、羽月」



【END】

☆最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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<sweet poison>・22

2011.06.02(19:40)

 それは羽月の大きな一歩。未来に向かって生きる為の、進歩だった。
「…そうだな。それが良い」
 陽一は穏やかに微笑み、頷いた。
「とりあえず一年と考えている。その間にちゃんとプロジェクトを完成させないとね」
「だな。オレも頑張る」
「うん!」
 二人はお互いに微笑みあった。



 ―そして一年後。
「…わぁ、派手だなぁ」
 思いっきり棒読みで、陽一は呟いた。
「あはは…。利皇、頑張ったね」
 どこか遠い眼で、羽月は呟いた。
 二人の視線の先には、立派にオープンした店が一軒。プロジェクトが成功した証拠が、大きく派手にあった。
 陽一は今、激しく後悔していた。
 と言うのも、まずは商品の数を出すのに力を注いでいた為、東京の店をどんなふうにするのとかは任せてしまったのだ。
 ―利皇に。
 彼自身からやりたいと言い出したのもあったが、いくらなんでも途中で見に来るべきだったと深く後悔していた。
 建物のデザインが、とんでもないことになっていたのだ。薄いクリーム色の壁に、色とりどりの花が描かれている。中には果物の花も描かれており、街中でもかなり目立っていた。
 看板もワインレッドに会社のロゴマークがピンクで描かれるというド派手ぶりで、売り物は地味なのに、そのギャップが良いらしい。
 店は三階建てで、上からフラワー製品・フルーツ製品・そして食料&飲料の製品を販売していた。
 若い女性客が殺到しているのは、オープンして間もないのもあるが、利皇が今現在、店の前でテレビの取材をされているというのもあった。
「アイツ、やっぱり目立ちがり屋だったんだな」
「うん…。注目されるの、好きみたい」
 モデル顔負けの美貌を持つ利皇に、若い女性達は文字通り群がっている。
 おかげで様子を見に来た陽一と羽月は、途中で歩みを止め、遠くから見つめることしかできなかった。
「…まあ売り上げも良いし、評判も良いみたいだからな」
「そうだね。頑張ったかいがあったよ」
 そう言って二人は踵を返し、その場から去った。
 ―関わらない方が良いと、二人は心の中で同時に思った。



「ああ…ウチの会社の大人しく、慎ましいイメージが…!」
「ボクも商品の扱いばかり頭にあって、建物のことは関知していなかったのがマズかったね」
 羽月の家のリビングで、陽一は頭を抱え込んだ。
「工場の人達に何て言おう? アレが今の東京の流行としか言うしかないよな?」
「だね」
 絶望で目の前が真っ暗になる。
 羽月はダイニングからトレーを持って戻って来た。
「あの、さ。陽一、飲んでほしいものがあるんだ?」
「ん?」
 ゆっくり顔を上げると、テーブルにティーカップが置かれた。
 赤い色に、わずかにピンク色が入っている温かな液体。甘い花の匂いがする。
「これって…」
 陽一は眼を見開き、羽月を見上げた。
「うん。約束したオリジナルブレンドの紅茶。できたから飲んでほしいんだ」
 羽月は恥ずかしそうに頬を染め、眼を伏せた。
「…そっか。できたんだ」
 陽一は両手でカップを持ち、一口飲んだ。
 …正直、少しだけ恐怖はあった。今はもう六年も前になるあの事件以来、紅茶は一口も飲んでいなかったのだから。
 でも今は違う。
 羽月が自分と共に生きる為に、作った決意の証だ。
「美味しい…! 花の甘い匂いがするのに、すっきりした感じが良いな」
「良かった。…実はこの紅茶の材料、陽一の住む土地から採れたものなんだ」
「えっ? そうなのか?」
「うん。ホラ、陽一に頼んでいくつか材料を送ってもらったでしょう?」
「ああ…アレは紅茶に作ったのか」
 半年ほど前から、羽月にウチで採れる花や果物が欲しいと言われ、いくつか送っていた。    
 てっきり店に置く商品のことで、必要なのかと思っていたが…。
「紅茶の研究の為に、ね。いっぱい材料があるから、いろいろ作っていて時間がかかっちゃった。でもコレが一番の自信作なんだ」
「ああ、美味いよ。…頑張ったんだな、羽月」
 六年前に飲んだ紅茶よりも、柔らかく温かな味が胸に染み込む。それはまるで、羽月の笑みのようだと陽一は思った。
「陽一のお願いだからね。久々で、ボクも楽しかったし」
 微笑合うと、お互い黙ってキスをした。
「んっ…でもちょっと甘いかな?」
「それは別の意味で、だろう?」
「そうだね。陽一の唇が甘いのかも」
「バカ…」
 甘い空気が流れるも、携帯電話の着信音で止められる。
 ピアノの重低音の着メロに、陽一は額を押さえた。
「この着メロ…利皇だな」
「すっスゴイ曲に設定しているんだね」
 無視を決め込もうかとも思ったが、もしかしたらさっき店の前まで来ていたのを見られていたかもしれない。
 ため息をつき、渋々出た。
「―もしもし」
『陽一くん? 何でさっき羽月くんと帰っちゃったのさ?』
 …やっぱり見られていたか。
「あんな女性の多い所、行く気になれない」
『キミ達が来たら、もっと多くなっていたかもね』
「どういう嫌味だ、それは!」
 羽月はともかく、自分が行ってもあまり効果がないことを自覚していた。
『アハハ。まあ今回は良いけど、そのうち、三人で食事会でも開こうよ。一年間、頑張ってきたんだからさ』
「それは良いが…店とかはこっちで決めるからな」
『どうして? 俺のじゃ不満?』
「利皇、お前なぁ…」
 どっと脱力する。
 利皇と何度か食事や飲みに行ったことはあるが、どこも超が付くほどの高級店。しかも利皇は常連客。
 確かに味や雰囲気はとても素晴らしいが、落ち着かなかった。
「…まあそれは後でだな。もうしばらく店の方は落ち着かないし」

<sweet poison>・21

2011.06.01(19:11)

「ちなみにお前の位置はどうなるんだ?」
「まあ父の子供であるからね。名前ばかりの役職はあるけど、何かするワケじゃない。ボクはとりあえず、今の仕事で満足しているし」
「そっか…」
 ちょっと惜しい気持ちはあるが、羽月が出した結論なのだ。
 羽月の会社のことに対しては口を出さないとはじめに言っていた。だから彼の好きなようにさせておきたい。
「プロジェクトの方は代理の役はそのまま続けるって。一応この会社、父の会社の関連ってことになっているからね」
 利皇が顔を出しても、大丈夫なのか。
 ほっとし、陽一は軽く息を吐いた。その後、真っ直ぐに羽月を見つめた。
「なぁ、羽月。お前の心の整理がついてからで良いから、その…」
「うん」
「…お前の紅茶、飲ませてくれないか?」
「えっ…?」
 眼を丸くした羽月に、陽一は微笑みかけた。
「久し振りに飲んでみたいんだ。お前の紅茶。ああもちろん、毒入りじゃない普通の紅茶が良い」
 おどけながら言う陽一の様子を見て、羽月は戸惑いを隠せない。
「陽一、でも…」
「お前の言いたいことは分かってる」
 羽月の不安を、ぴしゃりと止めた。
「だからこそ、飲みたいんだ。最後に飲んだのがあの紅茶という記憶は寂し過ぎる。羽月だってもう親父さんの呪縛から解き放たれたんだ。…新しい一歩を、踏み出しても良いんじゃないか?」
「陽一…」
 羽月は俯き、しばらく考え込んだ。
 その間、陽一は黙って待っていた。
 羽月には考える時間が必要なのだ。ようやく暗く重い鎖から解き放たれた今だからこそ、考えられることを―。
「…うん、分かった。新しいブレンドティーができたら、陽一に一番に飲んでほしい」
「ああ、楽しみにしている」
「うん」
 顔を上げた羽月。ふんわりと笑った表情には不安や迷いなどなく、どこかすっきりしたようだった。
「陽一、今日も泊まっていくんでしょう?」
「まあ、な」
 利皇の件を聞く為もあったが、羽月に会いたい気持ちの方が強かった。
 二人とも仕事が忙しく、なかなか会えない日々を過ごしていたから。
「嬉しい。大好きだよ、陽一」
「ああ、オレも好きだ。羽月」
 お互いじゃれるように、キスをした。



「んっ…」
 ベッドの中で眼を覚ました陽一は、隣に羽月がいないことに気付いた。
 サイドテーブルに置かれた時計を見ると、まだ朝の六時。
「朝食の準備でもしてんのかな?」
 泊まりに来ると、いつも羽月がご飯を作ってくれた。
 だから再び布団の中に潜り込む。
 しかし頭は冴えていた。二人の今後を考えると、ため息が出る。
「どうしたもんかな…」
 プロジェクトに取り掛かり始めた時に、両親にいつ羽月のことを言い出すか、迷っていた。
 羽月の父親からの金銭的援助はなくなるだろうが、そこは利皇が引き継ぐらしい。
 利皇が羽月の義理の兄であることは、両親は何も言わずとも気付いただろう。後はタイミングを見計らって言うべきなのだろうが…。
「…すでにバレている気がする」
 何だかんだと理由をつけては東京へ一人で出向く自分を、両親は深く追求してはこなかった。しかしどこかでは感付いているだろう。
 後は陽一が言い出すのを待っているのか、それとも羽月が訪れるのを待っているのか。
「どちらにしろ、後はオレ次第ってことなんだよな」
 二人の仲を暴露するワケにはいかないが、せめて和解できたことは報告するべきだろう。
 両親にどれほどの心配と迷惑をかけたか、今でも充分に分かっていたから…。
「…あ~、気が重い」
 ベッドの中でゴロゴロ転がっていると、部屋の扉が開いた。
「陽一? 起きてる?」
「ああ、起きてる」
「朝食できたから、お風呂入っておいで」
「分かった」
 むくっと起き上がり、バスルームへ向かう。
 すでに部屋の使い方も慣れてきたもので、陽一専用の物まで置き始めている。
 陽一は風呂に入ったあと、私服に着替えてリビングに向かった。
 コップに牛乳を注ぐ羽月を見て、ふと思い出したことがあった。
「あっ、そう言えばちょっと気になっていたんだけど」
「何?」
「あの寝室、他の人が来たことあった?」
「ないよ。陽一がはじめての人」
「…良かった」
 陽一は心から安堵した。
 今はもう取り去ったが、あの陽一の写真だらけの部屋を見られたくはなかった。
「来客は応接室で全部済ませているし」
「会社の会議とかは?」
「このフロアの一つ下に、会議室があるからそこで。でも滅多にやらないしね」
「…それでよく会社が持っているな」
「まあそれはそれで」
 にっこり笑うが、それであの利益が出るのだから、個人的な能力は各々高いのだろう。
「あっ、そ」
「じゃあ食べようか」
「うん。いただきます」
「いただきます」
 羽月の作る料理は洋食が多かった。昔から料理を作るのが上手で、味も良くなっていた。
「羽月は料理上手いよな」
「まあ一時は本当に喫茶店のマスター目指してたから」
「ああ…」
 陽一があまり深く考えずに言った言葉だが、羽月は大切に思っていたんだろう。
「でも今はこうして、陽一だけに食べてもらうのも良いかなって思ったんだ」
「ふぅん」
 素っ気無い返事に聞こえるだろうが、恥ずかしいのだからしょうがない。
 羽月は陽一に対して、恥ずかしいことも惜しみなく言うのだから。
「…ねぇ、陽一。昨日、ちょっと考えたんだけど」
「何だ?」
「このプロジェクトが完成して、お店がオープンできたら…その時に陽一のご両親に挨拶に行こうかと思ってる」
「羽月…」
 それは陽一もさっきまで考えていたことだった。
「利皇のニュースで多分、感付いているとは思う。だけどこの五年間、父から援助を受けていたこともあって、言い出しはしないだろう」
「ああ、オレもそう思った」
「うん…。だからせめて、仕事を一つ成し遂げた後ならば、胸を張って挨拶に行けるんじゃないかって思ってさ」

<sweet poison>・20

2011.05.31(13:27)

「羽月くんの父親はもちろん彼をと望むだろう。でも正妻はそうもいかない。部下達だって黙っちゃいないだろうしね」
「敵だらけなんだな…」
「そうだね。でも羽月くんはキミの存在があるから、強く立ち向かっていける」
「えっ?」
 思わぬ言葉に、動揺した。
「キミと今度こそ生きて一緒になる為に、彼は彼なりに頑張っているんだよ。今はちょっとゴタゴタしているけど、そのうち落ち着くからさ」
 陽一の肩をバンバン叩き、利皇は笑みを浮かべた。
「それまでの辛抱だよ。…なぁに、決着はすぐにつくから」
「利皇、お前…」
 陽一は微笑みかけた表情を引き締め、真顔で低い声を出した。
「―何考えてる?」
「やだなぁ、そんな物騒な空気出さないでよ。大丈夫、俺はどちらかと言えば、羽月くんの味方なんだから」
「…その言葉、信じてもいいんだな?」
「もちろん」
 胡散臭さはかなりあったが、今は彼を頼るしかない。
「だから陽一くんは仕事に専念して。こっちが頑張っても、そっちがダメじゃ意味ないんだから」
「ダメになんてするか! 利皇、お前友達少ないだろう!」
「あはは、どうだろうね?」
 利皇の軽口に怒りながらも、心の中では感謝した。
 遠回しだが、励まそうとしてくれる利皇の気持ちが伝わったからだ。
「―ありがとな、利皇」
「んっ。羽月くんと別れたら、いつでも俺のところにおいで」
「その一言が余計なんだっ!」



 利皇との会話があって数日後、陽一はテレビのニュースで知った。
 羽月の父親が本当に引退し、その後継者に利皇がなったことを。
「ぶっー!」
 早朝、モーニングコーヒーを飲んでいた陽一はテレビを見て思いっきりふき出した。
「げほげほっ。なっ何だってぇえ!」
 テレビの中の羽月の父親は苦い顔をしており、対して利皇は満面の笑みを浮かべていた。
「アイツっ…隠してやがったな!」
 不安になる陽一を見て、さぞ心の中で笑っていたに違いない。
 陽一はあの時、礼を言ったことを激しく後悔した。
 ―その日の工場は休みの日だったが、陽一の家では電話が鳴り響き、訪問客も多かった。
 理由は利皇のことだ。
 数日前に会った人物が、まさかこんな大物だったなんて、陽一は知っていたのかと問い詰められていた。
 だが知らなかったものは知らなかったと言うしかない。
 とりあえずプロジェクトには影響ないだろうと言うと、ひとまず落ち着いた。
 だが陽一が落ち着かなかったのは言うまでもないこと。
 早速羽月に連絡を取り、明日にでも会う約束を取り付けた。



「…で? どういうシナリオだったんだ?」
「おっ落ち着いて、陽一。ちゃんと説明するから」
 羽月の寝室で、馬乗りになっている陽一の体からは、ただならぬオーラが出ていた。
「順を追って話すとね、ボクと利皇が出会ったのは二年前、留学していた時だったんだ」
 利皇も経済学を学びに留学していて、二人は出会った。
 そして羽月を通じて、二番目の義姉と出会い、意気投合して結婚したのが一年前の話。
 その時には二人は日本に戻っていた。
 羽月が陽一を探す為に仕事をはじめる時、利皇はおもしろそうだと乗ってきたらしい。
 利皇は元々野心家で、自分の力を試したくてしょうがなかった。
 だから羽月は彼に話を持ちかけた。
 父の会社を継がないか―と。
「…そこまでは知っている。でもアイツは婿入りしなかったんだろう? だから後継者になるのは難しいって…」
「うん。だからウチの会社とあちらの会社を融合するってことになるね」
 羽月はそう言うが、結果的には吸収合併と言った方が正しいだろう。
 羽月の父親の会社は昔からあるが、最近ではあまり業績は良くなかったらしい。
 対して利皇の親戚達の会社は最近できたものの、業績は上がる一方。
 お互い欠けた部分を補う為に、必要だったと言う。
「父が頑固者なのは、陽一も知っているだろう? 会社を立て直す為とは言え、大人しく乗っ取らせてはくれなかったんだ」
「…じゃあ、お前と利皇は何をしたんだ?」
「上の役員達を説得したんだ。企業機密に関わることだから、あんまり詳しくは言えないけど…」
 しかしあの利皇の性格を考えれば、何となく想像がついてしまう。
 口が上手い上に、S&Mという会社で働いていたのだ。あらゆる所から情報を集め、そしてコネも使って、うるさい上の役員達を黙らせたのだろう。
「他にも株主とか、発言力のある人達をこちらの味方につけた。そして後継者問題の会議が行われた時、クーデターを起こしたんだ」
「…羽月ではなく、利皇を後継者にする為にか」
「そう。ボクを推薦したのは父一人だけだった。いくら父でも、自分以外の全員の意見を無視することはできない。そうして利皇が全てを奪ったんだ」
「お前はそれで良かったのか?」
「もちろん」
 羽月は心から穏やかな笑みを浮かべた。
「利皇は約束してくれた。欲しかった地位を手に入れる為に協力してくれるなら、ボクに自由を与えてくれるって」
 羽月は陽一と額を合わせ、ゆっくり眼を閉じた。
「ボクはお金も権力も地位もいらない。陽一さえいれば、それで良いんだ」
「羽月…」
 陽一は羽月を抱き締め、何度も頭を撫でた。
「…この会社はどうするんだ?」
「とりあえずは続けるよ」
「って言うか利皇は辞めたのか? ここを」
「うっう~ん。何か本人は辞めたくないみたい」
「アイツ…楽しんで遊んでいるよな?」
「まっまあそうみたい」
 マネーゲームを好んでやりそうな利皇は、地位を手に入れても続けそうだ。しかも人知れずこっそりと。
 でもそのぐらい野心的ではないと、上の立場になれないのかもしれない。
 …だとすれば自分は低いままで良いと、陽一は心の底から思った。

<sweet poison>・19

2011.05.30(18:30)

「分かった」
 くすっと笑い、ビンを手にした羽月は陽一に口移しで水を飲ませた。
「…ドリンクの種類も多いんだよね?」
「ああ。でもほとんど利皇が持ってった。気に入ったのかな?」
「そうかも。利皇はああ見えて、こういうのにうるさい人だから。彼が気に入ったのなら、スゴイことだと思うよ」
 確かにそういう眼はありそうだ。…性格を抜かせば、良い友達になっただろうに。
 思わず遠い眼になるも、羽月がビンを見て複雑そうな顔をしていることに気付く。
「どうかしたか? 何か問題でも?」
「あっ、うん…。…紅茶はないんだよね?」
「紅茶か? …ああ、ないな。紅茶の葉を栽培していないし」
「そう、だよね」
 歯切れ悪く、サイドテーブルにビンを置く羽月の様子はどこかおかしい。
「何だ? 紅茶が飲みたかった?」
「…いいや。そうじゃないんだけど…」
 羽月は口ごもった後、しばらくして何かを決心したように語り出した。
「昔、まだ母さんが生きていた頃のことを思い出してね」
「…ああ」
「よく二人でオリジナルのブレンドティーを作っていただろう? 陽一にもよく飲ませていたっけ」
「そう…だったな」
 過去のことを話すのは、まだ少し気まずい雰囲気があった。
「それでいつだったか…。陽一がボクが作った紅茶を喫茶店とかで出したら、多くの人が喜んでくれるんじゃないかって言い出したこと、覚えてる?」
「えっと…」
 確か高校生の時に、そんなことを言ったような記憶はあった。
 その頃には羽月の作る紅茶は、どの店のよりも美味しく作ることができるようになっていて、だから将来、喫茶店でもやれば良いと言ったことがあった。
「お前に喫茶店をやれって言ったことか?」
「そうそう。それでちょっと思ったんだよ。ボクの作るオリジナルブレンドティーを商品化することを」
「いいじゃないか。お前、種類いっぱい作れるし、どれも美味しいんだから、ヒットすること間違いないだろう?」
 笑顔を輝かせ言う陽一に向かって、羽月は苦笑を浮かべて見せた。
「…それはダメだ」
「えっ? どっどうして?」
「紅茶を殺人の道具に使ったから」
「あっ…」
 羽月は五年前の自分の行動を、未だに悔やみ、そして許してはいない。
 陽一も完全には許せていないが、その思いは羽月の方が深く重い。
「よりにもよって陽一を殺す為に、紅茶を作ったことのあるボクには、人を喜ばせるような商品なんて作れないよ」
「そっそれは…」
「まあそのうち、陽一の会社で作ってくれたら良いなと思っただけ。…ボクは五年前のあの時から、紅茶を飲まなくなったから」
「羽月…」
 陽一を殺しはしなかったものの、失ってしまった事実は大きく、そして苦しいものだった。
 複雑な表情を浮かべる陽一の額にキスをして、羽月は微笑んだ。
「さっ、仕事の話はここまでにしよう。せっかく二人っきりでいるんだし、もっと楽しく過ごそう」
 そう言って陽一をベッドに押し倒した。
「ちょっ、待てよ! またするのか?」
「うん。陽一のおかげで具合も良くなったし、二人っきりでいられるのも久し振りだからね」
 陽一の手を握り、頬に摺り寄せながら羽月はふんわりと笑う。
「―ダメ?」
「だっダメじゃないけど…」
「じゃあ良いよね」
 羽月は満足げに笑い、陽一の首筋に顔を埋めた。
 陽一は釈然としないまま、羽月の背に腕を回した。



「羽月くん特製のブレンドティーねぇ。俺は良いと思うよ?」
 工場を視察に来た利皇は、あっさりと頷いた。
「彼は元々器用だしね。東京進出の記念に新商品を出すというのも悪くはない」
「あっ、そう」
 工場の人達の歓迎を受けた後、陽一は利皇を工場見学という理由で外に連れ出した。
 利皇はさすがに羽月が推薦しただけはあり、演技は素晴らしいものだった。工場の人達はすっかり騙され、利皇を喜んで受け入れた。
 その様子を見て、陽一は心が凄く痛んだ。
 工場の敷地内には、この地域で採れる花や果実をいくつか栽培しており、利皇は一つ一つを厳しい眼で観察していく。
「お茶と名が付くものは、別に紅茶に限らない。この地域で採れる材料から作れば、良い商品になると思うよ」
「オレも羽月にそう言ったんだが…やっぱり五年前のことが気になってるみたいでさ。オレはもう気にしないって言ってるのに」
「…ああ。まあ分からなくもないね。最期だと思って、最高のブレンドティーを作ったんだろう?」
「それは…そうだけど」
 確かに五年前、飲まされた紅茶は美味しかった。今まで飲んできたどの紅茶よりも味わい深く、そして甘い匂いがした。
 今でも時々体の中からよみがえるほど、強く自分の中に残っている。
「羽月くんにとっては、紅茶は罪そのもの。多分コーヒーよりもひどい症状が出る可能性もあるね」
「…かもな」
「まっ、もう少し様子を見たら? まだ再会して間もないんだろう? 心の整理がつかないんじゃないか?」
「うん…」
 不安げな表情で返事をしてくる陽一を見て、利皇はため息をついた。
「実はコレ、まだ内緒の話なんだけどさ」
「ん? 何だ?」
 利皇は周囲を伺い、人がいないことを知ると、陽一の耳元で小さく言った。
「近々、羽月くんの父親が引退するらしい」
「えっ!」
 突然の言葉に眼を丸くするも、すぐに大声を出した自分の口を手で押さえた。
「どっどういうことだ?」
「どうもこうも…羽月くんの父親、もうすぐ七十近いからね。そろそろ自分の地位を他の者に譲ろうとしているみたいだ」
「他の者って…羽月に、か?」
「まあそうだろうね。でも、実際はどうなるか分からないけどね」
 意味ありげに笑い、利皇は離れた。
「だから羽月くんは最近、呼び出されることが多い。本当はこのプロジェクトだって、彼が望んだことなのに、なかなか関われないだろう?」
「そう言えば…」
 確かに陽一の両親に存在を知らせない為に隠れる必要があるとは言え、羽月は他の者を頼ることが多い。

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