Hosimure

フリーのシナリオライターとして活動しています

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【柘榴】・8

 ウワサをすれば何とやら。
 ちょうどエレベータから出てきたカミナ先生は、今日もキレイ。
「おっおはようございます、カミナ先生」
「おはようございます、カミナ先生」
 どもったアタシとは違い、キシは笑顔で言った。
「二人とも、職員室に何の用事? 課題の提出にでも来たの?」
「いえ、ホラ、カミナ先生に以前教えてもらった料理教室のことなんですけど、ヒミカも通いたいと言い出しましてね」
 ぎょっとしたが、声には出さなかった。
「あのチラシ、貰えますか? ボク、無くしてしまって…」
「ええ、良いわよ。にしても珍しいわね。ヒミカが料理教室に通うなんて。あなたはどっちかと言えば、料理を知識と考えているところあるから」
 アイタっ! 
 …確かにアタシは、自分の欲求を満たす為に料理教室に通っている。
 でっでも料理は好きだし、美味しい食べ物も好きだし…。
「実はボク達、付き合っているんですよ」
 そう言っていきなりキシはアタシの肩を抱き寄せた。
「っ!?」
「なのでずっと一緒にいたいって言われましてね」
「あらあら、まあ」
 何かを言いたかった…。
 でもこれもキシの作戦だって分かっていたから、あえて黙っていた。
「それなら納得できるわね。ふふっ、ヒミカにも可愛いところあるじゃない」
「ヒミカは元々可愛いですよ」
「~~~っ!」
 カミナ先生は持っていたファイルから、一枚の紙を取り出した。
「はい、どうぞ。あたしの友人がやっている料理教室なの。場所はここから駅3つ先、駅ビル2階で毎週金曜日の午後にやっているわ。家庭的な料理が多いけど、勉強になるわよ」
「あっありがとう、ございます」
 アタシは震える手で受け取った。
「それじゃ、頑張ってね!」
 カミナ先生は笑顔で自分の席へ行った。
 なのでアタシはキシを睨み付ける。
「…キぃ~シぃ~」
「言いたいことは分かりますけど、今は堪えてください。犯人はアナタの正体を知っているかもしれないんですよ?」
 小声で囁かれ、アタシは口を閉じた。
「とりあえず、次、行きましょう」
 キシに手を引かれ、職員室の奥へ行く。

 そこは受付事務所になっていて、数人の事務職員がいる。
「カガミさん」
 キシが笑顔で声をかけたのは、大きなお腹をさすっている女の人だ。
 あっ、知っている。
 主に宣伝を担当している人で、30代の女性。昨年結婚したって聞いたけど、オメデタになったのか。
 このお腹の具合だと、6ヶ月だな。
「あら、キシくん。それにヒミカちゃん。おはよう。どうしたの?」
 おだやかで優しい声と表情。幸せいっぱいなのが、伝わってくる。
「カガミさんにこの間教えてもらった料理教室、とても気に入りましてね。ヒミカも通いたいと言って来たんですよ」
「あら、本当? 嬉しいわぁ。あそこ、わたしの姉がやっているのよ」
「ええ、姉妹揃って美人ですね」
「まあお上手ね。ヒミカちゃんにゾッコンなのに」
「えっ!?」
 カガミさんはアタシを見て、クスクス笑った。
「『大事な女性の為に、美味しい料理を作りたい』って言ってきたのよ。ほら、わたし宣伝を担当しているでしょう? だから料理教室にも詳しいんじゃないかって、尋ねて来たのよ」
 もしかして容疑者5人全員にバレるのか!?
 思わずフラッ…とするも、二人はニコニコと話を続ける。
「ちょっと待ってね。…ああ、あった」
 机の上のファイルから、チラシを取り出し、アタシに差し出してきた。
「あっ、どうもです」

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Kissシリーズ・鬼畜とのキス(1)

 あたしは最近、自分がカエルになったような気分を味わう。
 カエルはヘビに睨まれると動けなくなると言われている上に、カエルはヘビに食べられてしまう生き物だからだ。
 生徒会室の扉の前で、深く息を吐いた。
 カエルにとって、ヘビは天敵。
 あたしにとっての天敵は、この生徒会室の主。
 扉を二度ノックして、声をかける。
「…失礼します」
 そして扉を開けると、生徒会室の主が眼に映る。
 生徒会長用のソファーイスに座り、大きく立派な机の上にティーセットを置いて、優雅に紅茶を飲んでいる。
 ゆっくりと顔を上げ、見られると…竦んでしまう。
「入れ、と言った覚えはないが?」
 ああ…返事が来る前に開けてしまったか。
 失態を悔やむも、すでに扉は開けてしまっている。
「そりゃすみませんね。でも別に何にも無かったんですから、良いじゃないですか」
 ふてぶてしく反論し、机の上にドサッと書類を置く。
「ご主人様のお言い付け通り、各委員会の予算希望の書類を回収してきました」
「ご苦労」
 けれどご主人様は書類を手に取ろうともしない。
 ただ真っ直ぐに、あたしを見つめるだけ。
 …居心地悪いったら、ありゃしない。
 ここに他の誰かがいれば良いんだけど、あいにく、全員出払っているみたいだ。
「…で? お次は何をすれば?」
 沈黙に耐えかねて聞くと、ニヤッと笑う。
 イヤ~な笑みを浮かべるなぁ。
「ちょうどヒマを持て余していたんだ」
「はあ…。ならゲームでもしますか?」
「別の方法でヒマを潰す。こっちへ来い」
「…はいはい」
 渋々言われた通り、ご主人様の元へ行く。
「今日はどんなことをご所望で?」
 腹をくくってご主人様を見下ろすと、いきなり腕を掴まれ、引っ張られる。
 気付けばご主人様の上に座る姿になっていて、驚いて身を引くヒマもなく、そのままキスされた。
「んむっ…!」
 反射的に逃げようとして、ご主人様の胸に手を当てて押すも、びくともしない。
 …こういう時、男と女の体格差を恨めしく思ってしまう。
 そんなことを考えている間にも、ご主人様のキスは続く。
 何度も弾むようなキスをされて、思わず開いてしまった唇に、深く口付けされる。
「んっ、ふっ…」
 こんなとろけそうなほど甘いキスをされると、拒絶したい心が一瞬、消えそうになってしまう。
 けれど呑まれてはいけない。
 コイツはあたしの人生をメチャクチャにしたヤツなんだから…!


 ―思い出す。
 あたしがまだ、高校入学したての時に、コイツのことを知った。
 コイツはこの高校の生徒会長で、入学式の時に壇上で挨拶をした。
 その後、コイツが恐怖政治を行なっていることも知る。
 何でもこの超がつくほどの名門校を経営する一族の者で、将来は世界を相手にビジネスをするであろう、器の持ち主だと、評判だった。
 あたしがそんな名門校に入学したのは、ただ成績が優秀だったから、それだけの理由だった。
 中学三年の時、この学校のスカウトの人がウチに来て、金銭面な部分は全て免除にするので、入学しないかと誘ってきたのだ。
 ウチの実家は町工場で、正直言ってあまり経営は良くなかった。
 なので定時制の高校に通いながら、働こうかと思っていた矢先だった。
 両親はその申し出を受けるように言ってきて、あたしも名門校を卒業すれば、良い職に就けると思って入った。
 …のが、間違いだった。
 コイツは入学式での挨拶の途中、いきなりあたしを名指しで生徒会副会長に指名してきたのだ。
 そこに拒否権など、無し。
 問答無用で、生徒会入りをさせられた。
 挙げ句、どこで調べたのか、ウチにまで来た。
 しかも秘書付きで。
 訪問の理由とは、あたしが生徒会入りをしたので、その代わりにコイツの会社から、ウチに仕事の依頼を持ちかけるというものだった。
 でも厳密に言えば、コイツの会社の子会社になったようなもの。
 けれどそれで経営が良くなるのならば、と受け入れるしかないのが貧乏人というものだ。
 プライドだけでは、食べてはいけないし、生きてもいけない。
 そして自動的に、あたしはコイツの私物化決定。
 逆らうことなどできず、でも受け入れることもできないまま、月日が過ぎる。


 周囲の女子生徒達は、思いっきり羨ましがる。
 確かに将来は決まっているし、顔も体も良い。
 何でも強引で傲慢なところも、好きな女性にはたまらないだろう。
 ……が、あくまでも『好きな女性ならば』だ。
 いい加減、長過ぎるキスにしびれを切らし、あたしは顔を背けた。
「ちょっと…しつこいんじゃないですか?」
「言っただろう? ヒマ潰しだと。―こっちを向け」
 そして顎を掴まれ、再びキスの嵐。
 強く抱きしめられると、抵抗する力が徐々に抜けてしまう。
 プライドなんて邪魔なもの。
 捨てた方が楽になるとは分かってはいるけど…!
 どーしたって、理不尽だあ!
 悔しさを感じながらも抵抗できず、結局ご主人様の気が済むまでキスされ続けた。
 唇だけじゃない。
 額や頬、耳や首にまでキスをされ、身が竦んでしまう。

Kissシリーズ・甘々8(2)

「まあそうですね。私の友人の何人かも、高校を卒業すると同時に結婚するコがいますから」
 しかも中には出来ちゃった婚までいるんだから、生き急いでいるように思える。
 でも私はそこまで熱くはなれない。
「んで? やっぱ結婚はイヤか? 同棲を先にしたいか?」
「別に同棲も結婚もイヤではないですよ。先生のことは好きですし」
「なら何でちゃんとした答えをくれないんだ?」
 私よりも年上のクセに、拗ねた表情をしてくるのだから、可愛い人だ。
「金に不自由させないし、浮気もしないぞ?」
「知ってますよ」
 教師という安定した職業をしているし、私に夢中なのは充分身に染みている。
「じゃあ何で焦らすんだ?」
「焦らされている先生が可愛いから、と言ったらどうします?」
「…振り回すなよ、大人を」
「冗談ですよ」
 本当は半分、本気だけど。
 最後の一冊を入れ終えた後、私は先生に寄りかかった。
 そして間近にある先生を見上げると、微笑んだ先生に肩越しでキスされる。
「んっ…」
 もう数え切れないほど重ねた唇は、触れ合うたびに胸が高鳴って熱くなる。
 離れた後、私は思い切って疑問を尋ねてみた。
「…先生は何で、私と結婚したいと思うんですか?」
「何でってそりゃあお前…好きな女と一緒になりたいって言うのは、男として当たり前の願望だろう?」
 相変わらずストレートな人。
「女だって、惚れた男と一緒にいたいと思うだろう?」
「まあ否定はしませんけどね。もうちょっと、先生が冷静になってくれればと思いまして」
「それはムリ。俺、お前に夢中だから」
 あっさり却下した先生は、再び私を強く抱き締める。
「高校を卒業したら、今より会えなくなるだろう? ましてや大学には、俺より良い男がいるかもしれないし」
「案外寂しがり屋なんですね、先生」
「お前が相手だと、そうなるみたいだ」
 嬉しいことを言ってくれる。
 高校を卒業した途端、先生と結婚すれば、周囲の人達に在学中から付き合っていたことがバレて、騒がれること分かっているんだろうか?
 そうなれば先生は今のままじゃ、いられないのに…。
 私は大学に逃げられるから良いけれど、先生はそうもいかない。
 だから私は躊躇ってしまうのだ。
「高校を卒業したら同棲、私が就職したら結婚、というのはどうですか?」
「何で籍を入れるのをイヤがる?」
「イヤではないですけど…先生、教え子に手を出したという評判はよろしくないと思いますよ?」
 だからせめて、高校を卒業して数年後に結婚をすれば、ある程度は誤魔化せる。
「本当のことだから否定はしないが。まあでもお前が気になるんだったら、そういう風にしようか? 俺はとにかく、お前と一緒にいたいだけだし」
 ワガママな人。
 でもこういうところも、良いと思ってしまう。
「ああ、でもさ。ようは学校関係者に、結婚したことを知られたくないんだよな?」
「そうですけど…」
「ならさ、籍は入れて、結婚式とか披露宴をお前が就職した後にすれば良いんじゃないか?」
「それは…」
 確かにそれなら、二人の関係を表沙汰にしなくても済む。
「なっ? 良い考えだろう?」
「…先生、そんなに私と結婚したいんですか?」
「当たり前だろう? 愛してるんだから」
 至極真面目な表情で言われると……断ることができなくなる。
「…じゃあ、それで話を進めましょうか」
「おっ。プロポーズを受け入れてくれるのか?」
「はい。私も先生のこと、愛していますから」
 改めて先生と真正面から向き直って、今度は私から背伸びをしてキスをする。
「そりゃ嬉しいな」
「ですがとりあえず、大学入試が終わるまでは保留で」
「またかよ…。ああ、でも分かっているさ。じゃ、試験が終わったら、お前さんとこのご両親に挨拶に行かなきゃな」
 嬉しそうに笑う先生を見て、私も笑みを浮かべる。
 けれど心の中では、絶対に大学に受かろうと決意を固めた。
 これで落ちたりしたら、絶対に両親に結婚を反対されるから。
 前途は洋々とは言いにくいけれど、とりあえず先生との未来は明るいことが決定した。

<終わり>

Kissシリーズ・甘々8(1)

コンコン

「失礼します、先生
「おう、入れ」
 了解を得たので、私は職員室の引き戸を開ける。
 引き戸の近くに、私のクラスの担任の席があった。
「はい、日直の日誌です」
「はい、ご苦労さん」
 用が済んだらとっとと退散するのが、この職員室での決まり。
 なので私もさっさと職員室を出て、いつもの所へ向かう。
 私は科学部で、高校三年になった今は部長を務めている。
 担任の先生は科学部の顧問で、いっつもお世話になっていた。
 私は科学準備室で白衣を着た後、本棚の片付けをはじめた。
 ウチの科学部はかなり有名で、一言で科学部と行ってもそこから部門がまた分かれていたりする。
 生物を扱った部門や、機械を扱った部門などがあり、その活動は有名で、科学部に入る為にウチの高校に入ってくる学生もいるぐらいだった。
 かく言う私も科学に興味があって、この高校へ入学してきた。
 勉強は厳しくて難しいけれど、やりがいは感じる。
 この高校の学生達は、高校在学中に将来の夢を決めることが多い。
 そしてそのほとんどを叶えているのだから、根性がある学生が育っている証拠だろう。
「私はどうしよっかな?」
「何がだ?」
 声と共に現れたのは、先程会った担任兼顧問の先生
 三十代後半で、メガネをかけている。
 素っ気無い喋り方と、上手な授業のおかげで、男女共々人気が高い先生だった。
「将来のことです。ちょっとまだ、不安な部分がありまして」
「お前は何になりたいんだ?」
「とりあえず研究をしたいので、大学で科学者をしたいですね」
 いろいろと難しいことも多いだろうけど、研究が好きなので、大学もそっち方面を選んでいる。
「ただ…もう一つ、叶えようかどうしようか迷っていることがありますから」
 私はわざとらしく肩を竦めて見せる。
 すると先生は引き戸の鍵を閉め、近付いてくる。
 そして本棚に向かっている私を、背後から抱き締めてきた。
「何だ、プロポーズは受けてくれないのか?」
 低く耳元で囁かれると、背筋がゾクッとする。
「教え子に手を出すなんて、いけない先生ですね」
「何を今更」
 まっ、それを言われると本当に今更だと思う。

 先生との出会いは、高校に入学してすぐのこと。
 部活を見て回っている時、科学室で科学部の説明会に参加した。
 そこではじめて先生を見て、淡い恋心を抱いた。
 けれどそんな女の子は私だけじゃないってことは分かりきっていたから、憧れだけにとどめておこうと思っていたのに。
 説明会が終わった後、先生に呼び止められて、科学部に入らないかと誘われた。
「…何で私にだけ、言うんですか?」
「お前さん、中学ん時も科学部で活躍してただろう? ウチの高校に入学したのを知ってから、眼つけてたんだ」
 確かに中学校でも科学部にいて、活動はしていたけど…。
「でも先生、その言い方っていやらしく聞こえるんで、他の子には言わない方が良いですよ」
「いっいやらしい? …そう言われてみれば、そうかもな」
 どうやら無自覚だったらしく、先生はショックを受ける。
 そんな先生の姿を見て、私は緊張がほぐれた。
「まあ私レベルの部員はたくさんいるでしょうが、せっかく顧問の先生から誘われたことですし、入部しますよ」
「おっ、そう言ってくれるとありがたい。でも言っておくが、あんなこと言ったの、お前さんがはじめてだからな」
 僅かに顔を赤く染めながら弁解する先生を見て、私はついふき出してしまう。
「ふふっ、分かっていますよ」
「ちなみに俺から部員を勧誘したのも、お前さんがはじめてだ」
「それは嬉しいです」
「ホントだぞ?」
 そんな軽口をたたきながら、私と先生は仲良くなっていった。
 部活は楽しくて、先生に会えるのも嬉しくて、毎日があっと言う間に過ぎていった。
 だけど二年の秋、次期部長に任命された時は流石に戸惑った。
 でも先生が支えてくれると言ってくれたので、引き受けることにした。
 けれど部長を引き継いでからというもの、やることなすことは思った以上に多くて、部室で居眠りしてしまうことが多くなっていった。
 あれは二年の秋に県で行われた、科学部の発表会の後、緊張の糸が途切れた私は、今いる科学準備室でイスに座った途端、眠ってしまった。
 そんな私の隙をついて、先生が…。

「…でも寝込みを襲って、私が拒絶したらどうしようとか思わなかったんですか?」
 背中に先生の重みを感じながらも、私は手に持った本を、棚に入れていく。
「ん~まあでも、お前さんに好かれていることは気付いていたからな」
 自惚れ屋だとは言えない。
 何せ本当に、私は先生が好きだし。
 あれから何だかんだと一年以上が過ぎた。
 進路の問題が出た時、二者面談を行なった。
 その時、先生から言われた。
「高校を卒業したら、結婚しないか?」
 ―と。
 流石に私は若すぎることは自覚していたので、返事は保留にしてもらった。
 先生と私の関係は誰も知らないことだから、誰にも相談できないのがちょっとした悩み。
「先生は結婚を急ぐ年齢ですよね」
「言ってくれるな。でもお前さんの年代だと、十代で結婚も珍しくないだろう?」

Kissシリーズ・甘々7(2)

 バレンタイン当日。
 学校が終わると、わたしの部屋に来てもらった。
「とりあえず、リクエスト通りにラムレーズン入りのチョコレートケーキを作った」
「あっありがとう。嬉しいんだが…何だか大きくないか?」
 彼がラムレーズン入りのチョコレートケーキを食べたいと言うので、最初はカットケーキが2個入るぐらいの箱やラッピングを買っていた。
「ウチの母が、わたしがアンタにケーキを作ることを知って、本格的なケーキ作り用の材料を買ってきたんだ」
 彼が手作りが良いと言うので、手作りチョコ特集の本を買って、リビングで読んでいたら母に見つかり、問い詰められてしまった。
 ちなみに母もわたしの冷静さには呆れを感じているらしく、彼と恋人になったことを一番に喜んだ人だった。
「おばさん、こういうの、好きだもんな」
 流石に彼の笑みも引きつっている。
 そりゃそうだろう。
 何せケーキのサイズは30センチの10号サイズだ。
 わたしと彼がどうあったって、食べきれるワケがない。
「まあその…何だ。余ったのはアンタの家の人達にでも食べてもらって」
「勿体無いけど、そうする」
 苦笑する彼の前で、わたしはケーキを切る。
 そして皿に載せて、皿を持ち、彼に背中から寄りかかった。
「おっおい」
「せっかくのバレンタインだし、食べさせてあげる」
 そう言ってフォークで一口分切り取り、彼の顔を見上げながら、口元に運んだ。
「ホレ、あーん」
「ぐっ…! あっあーん」
 顔を赤らめながら口を開いたので、ケーキを入れてあげる。
「どう? 甘すぎない? お酒、濃くない?」
「んっ。美味いよ。こんなケーキ、今まで食べたことがない」
 嬉しそうに笑いながら、わたしを後ろからぎゅっと抱き締めてくる。
 …ああ、本当にわたしは彼に愛されているんだな、と思う。
 それは素直に嬉しいんだけど。
「お前も食べてみたら?」
「うん」
 自分で食べようとしたけれど、フォークを持っている手を、上から彼の手が掴んできた。
 そして手が重なったままケーキは一口サイズに切られ、わたしの口元に運ばれる。
「ほら、あーんしろ」
「あーん」
 今度はわたしが食べさせてもらう番。
 素直に口を開き、ケーキを食べる。
「…ん~。結構味が濃いような気がする」
 母の愛がたっぷりと感じられるのが、ちょっと複雑な気分にさせられる。
「でも嬉しいよ。恋人になって、はじめてのバレンタインだしな」
 今までだって、毎年、バレンタインにはチョコをあげていたのに。
 やっぱり関係が変わると、気持ちも変わるんだろうな。
 わたし達はその後も、互いに食べさせたり・食べさせられたりを繰り返して、ケーキの三分の一ぐらいは食べた。
「う~ん…。もうしばらく、甘い物は食べたくない」
 口の中が甘ったるくって、ブラックコーヒーを飲んでもなおらない。
「ホワイトデーはおせんべいかおかきを希望する」
 顎を上げて、顔を見上げながら言うと、彼はクスッと笑う。
「分かってる。アメとかマシュマロより、そっちが好きなんだもんな、お前は」
「嫌いではないんだけどね。歯応えがないものって、食べた気しなくって」
「お前らしいよ」
 クスクスと笑う彼を見ていると、幸せなんだろうなって思う。
 …なのにわたしの心は、いつまでも冷めてばかり。
 思いきって体の向きを変え、真正面から彼に抱き着く。
「ん? どした?」
 そして甘い匂いがする、彼の唇をぺろっと舐めた。
「っ!?」
 驚いて身を引こうとする彼の首に腕を回して、逃げられないようにする。
 そして何度も唇を舐めたり、またはキスしたりを繰り返す。
 はじめのうちは抵抗する態度を見せていた彼だけど、だんだんと力が抜けていくのを感じる。
 全身の力が抜けたのを知って、わたしはようやく彼から離れた。
「おっ前…いきなり何するんだよ?」
 真っ赤な顔で、息を弾ませた彼はグッタリしてしまった。
「…何かいきなり、アンタを味わいたくなっちゃった」
「お前なあ…」
 メガネごしの眼は少し赤くなっていて、ちょっと可愛いと思ってしまう。
「でも、変わったよな」
「へっ?」
 突然彼はおかしなことを言い出した。
「変わっているのは今更だろう?」
「まあそうだけどさ」
 彼は改めてわたしを見つめる。
「恋人になってから、結構甘えるようになったというか、大胆になったというか。スキンシップをよくしてくるようになった」
「…だって恋人なら、そうするものだろう?」
「だな。でもいきなり変わったからさ。驚いてた」
「でも別に女の子らしくはなっていない」
「そんなのはお前に求めちゃいないから、良いんだって」
 彼は楽しそうに言う。
 …けど何かわたしは複雑な気持ちになる。
「前にも言ったけど、別に女の子らしいお前を期待しているワケじゃないんだ。だけど恋人らしくなったことは、素直に嬉しく感じている」
 そういうものかな?
 わたしは無意識に、恋人にはキスしたり甘えたりするものだと思っていたから、そういう行為をしてきた。
 彼は一度も拒絶しなかったし、したいと思ったことをしたわたしは素直に満足してたし。
 恋人になってから、彼とはキスしたい、触れていたいと思うようになった。
 それは恋人なら当たり前だと……って、アレ?
 …こういうのって、彼に夢中になっているってこと?
「むむむ…」
「今度は何だ?」
「確かに甘えるようになったとは思うが、気持ちが甘くないと言うか…」
「…前から聞こうと思っていたんだけどさ」
「何だ?」
「お前の中の恋人って、どんな感じなんだよ?」
 聞かれて、首を傾げる。
「そりゃあイチャイチャ、ベタベタとするもんじゃないのか?」
「それは一部のバカップルと言われる存在だ」
 彼は呆れた表情を浮かべ、ため息を吐く。
「別に俺達がそうなることはないだろう? 俺達は俺達の恋人であれば良いんだから」
「まあ…そうだけど」
 わたしと彼とでは、わたしが思い描く恋人になれないことに、悩みを感じていたのは確かだ。
「だからさ、ムリにそういう形に当てはめようとするなよ。俺は今のままでも充分に幸せなんだから」
 優しく微笑む彼を見ると、わたしも幸せだと思う。
 うん、呆れた表情より、笑顔の方がやっぱり良い。
 彼が笑顔でいてくれるのなら、わたしも無理せず背伸びせずに、このままでの恋人を続けようと思う。
 バカップルになろうとして、ギクシャクするよりは、素のままでいた方が楽だし。
「んじゃまっ、肩の力を抜いて、いつも通りのわたしのままでいる」
 そう言いつつ、彼に抱き着いた。
「ああ、そうしてくれ」
 彼が優しく頭を撫でてくれるのを心地よく感じながら、わたしはウトウトし始めた。
 そんなわたしに、彼は小さく囁く。
「…お前、気付いていないかもしれないけどさ。俺達がしていることって、とっくにバカップルと同じことなんだぞ?」
 いつでもどこでも一緒で、二人っきりになれば抱き着いて、キスばかりする。
 とっくに恋人としては甘い空気を出していることに、わたしは全く気付いていなかった。

<終わり>

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プロフィール

sakura

Author:sakura
 現在はフリーシナリオライターとして活動しています。活動記録を掲載していきたいと思っています。「久遠桜」の名前でツイッターもしていますので、よければそちらもご覧ください。仕事の依頼に関しては、メールフォールでお尋ねください。

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